三男坊、異世界に迷い込む
馴染みのバッティングセンター、右から二番目のボックス、相対するは超高校級バーチャルピッチャー
(実戦タイプ)、ここは俺の戦場だ。
ランダムに投げられる80キロのスローボールから150キロの剛速球、手元で急激に曲がる変化球それら全てを球場ならば左中間にあたる場所に
そびえるホームランターゲットに叩き込む、それが俺の使命だ。
今までに投げられた球数は19球、俺がホームランターゲットに叩き込んだのは9球、次の球、このラストの球をターゲットにブチ込みさえすれば
目標ホームラン数達成となり俺は少しばかりの名誉と商品を手に入れる事が出来る。
対面するバーチャルピッチャー(超高校級実戦タイプ)が投球モーションに入る
大きく振りかぶって――――投げた。
その瞬間俺は確信する、カーブだ、間違いない。
全身のバネを使い力を腕からバットへ、バットからボールへと移してゆく、そして振り抜く
会心の当たりだった、見るまでもなく打球は矢のようにターゲットへと飛んでいく、俺は目を閉じ余韻に浸りつつ目標達成のファンファーレを
――――鳴らない、祝福のファンファーレが鳴らない、もしかして微妙に打球がずれていたのだろうか、コレはいけない、ホームランでも無いのに
目をつぶり悦に入る男、なんて格好悪すぎる、ここは「今のは実際の球場をイメージしていたのでホームランターゲットは全然関係ないんですよー
本当の試合だったらホームランでしたねー」的なオーラを出しておこう、と恐る恐る目を開けると……
見知らぬ森にいた
図鑑の中でも見たことが無いような巨大な木々がそびえ立ち、鳥のさえずりや獣の息遣いを感じる
そんな見知らぬ森だった
気が付くと知らない場所にいた、というのは自分史の中では中々にレアなケースだ。
一昨年に伯父さんの知り合いの宇宙人にワープ装置を使われた時以来だ、その前は小学生の頃叔母さんの転送魔術なる怪しげな秘術で日本中を転々と飛ばされまくった時だったか、宇宙人の謎技術にせよ、魔女の謎秘術にせよ人為的な強制移動の時は胃がひっくり返るような思いをしたものだ。
今回はホームランの余韻に浸る余裕があったくらいだ、人為的な強制移動ではないだろう。
となると異世界に迷い込んだという可能性が一番高いように思える。
異世界、良い響きだ。
現実世界のしがらみから解放された世界!
剣と魔法、陰謀と策略が巡るめく世界!
美女美少女との重婚が認められた世界!!
なんと素晴らしいのだろう。
俺には世界ごと逃げ出したいしがらみやハーレム願望なんて無いが。
もちろん陰謀や策略なんてものも御免こうむる。
そもそもココが異世界であったとして、どのようなタイプの異世界か分からない。
こちらの一年は現実世界の1時間です、といった都合の良いタイプの異世界なら良いが
同じだけの時間が流れるタイプの異世界だと困る、俺は花の男子高校生なのだ、現実世界での三十日以上コチラ側にいてみろ、出席日数が足りなくて留年してしまう。
それだけは避けたい、否避けるべきだ、避けなければならない。
一刻も早く帰宅せねばなるまい。
俺は、というか俺たち兄弟は、かつて異世界に迷い込んだ、あるいは召喚された親戚連中から異世界に迷い込んだ時にするべき事、というアドバイスを受けたことがある。
まず第一に食糧、飲み水の確保だ、家は代々体が丈夫な家系なので、最悪木の根でも齧ってろ、との事であった。
その次に言葉の通じる存在との接触、言葉が通じなければ文字通り話にならず、情報収集もままならない。
第三にユーモアを忘れない心だ、度重なる非日常に見舞われる霧崎の人間として、もし異世界に迷い込んだとしても、タダで海外旅行に行けてラッキー位に考えておけ、だそうだ
幸いにもこの森は豊かそうな森だ、食糧には困りそうにない、飲める水も湧いているだろう。
とりあえず一直線に歩き続け、言葉が通じる存在との邂逅を待とう。
森の中で出会えれば良し、森を抜ければ見通しが良くなり、集落など発見しやすくなるだろう。
かくして、霧崎忠信は留年を避けるため異世界から帰宅する方法を探し始めるのであった。
行き当たりばったりな方法で…
超高校級バーチャルピッチャーから10本以上ホームランを打つと
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