筋肉はキミを裏切らない
ふと、何かが降りてきました。はた迷惑な妖精さんならしばくだけで済みますが、今度の妖精さんは無自覚な、腰の低い脳筋さんです。可愛いです、本来なら。こんなん思いつくなんて、どうかしてる。夜だけ筋肉ダルマに変化する可愛い妖精さん。好きですか?
ある日の真夜中過ぎ、窓の外で声がした。僕の部屋は一軒家の一階で、田舎なので人の声がすること自体は特に不審な点は無い。だけどその声が女の人のもので、かつ、こんな夜中な事は問題大ありだ。近所迷惑な、時間を考えろ。何か叫び返そうにも、周りが気になって大声も上げられない。戸惑っている内にも外からの声は大きくなっていく。
「もし、もし、どなたかいらっしゃいませんか。妖しいものではありません。」
そりゃ、こんな時間に人の家の前で(正確には庭か?)声を上げる女に怪しくない者はいない。男でもそうだ。誰か麻雀の意趣返しでもしようという腹か?それでもこんな凝った手を使う知り合いはいない。そもそもそういう手合いにこんなきれいな声を持つ彼女なりがいたためしはない。寂しい青春だな。だからこれはもう新手の詐欺か何かであろう。そこで無視して寝たふりを決め込もうとして、昼間の不可解な現象を思い出した。何か凄まじい気配がして、(昼間なのに)辺りが眩く光ったかと思うと、そのまま何事もなく一日が進んだのだ。思い返しても何もなかったし、ただ、確かにこんな声が何かを耳元で囁くのが聞こえて気がした。アレはいったい何だったのだろう。ふとそんなことが気になったのがいけなかったのだろう。やはり好奇心は猫さんを殺す。やはり僕は前世猫だったに違いない。どうせならネコ科の虎だったらよかったな・・・いやいやそうじゃない。この面倒な、迷惑千万な声のことだ。仕方が無いので、聞いてやることにした。
「何だ、あんたは。こんな夜中に、近所迷惑だぞ。それにここは他人の家の敷地じゃないか。何しにこんなとこにはいってきたんだ?」
すると庭にいる女の声が、さもホッとしたように変わり、
「ああ、よかった。いらしたのですね、大胸さま。もしいらっしゃるのにお応えされないようなら、私、どうしようかと。」
いやいや、どうしようも何も。さっさと出て行け、とでも伝えようか。
「出て行けなどとつれないことはおっしゃらないでくださいませ。私困っておりますのです。あなた様の願いの強さに引かれてこの世界に渡り越しましたのに、その時の反動でしょうか、今のこの身では空も飛べません。この姿はまあ、気に入っていると言えなくもありませんが、やはり今の現状ではあまりにも・・・申し訳なく。」
何やら不穏な事を言っている。空も飛べない?あなた様の願いだあ?僕の願いはこのひ弱な身体を強靭にすること。それだって簡単に叶う願いじゃない。それを・・・。
「お前は僕を笑いにでも来たのか。この情けない貧弱な身体をさ。こんな身体だからずっと馬鹿にされて・・・。名前だって。」
そう、僕の名前は大胸黄金と言う。大胸という珍しい苗字のため(主に女子から)煙たがられることも多く、男子どもからも揶揄われてしまう。まして中学生時代からは、その読みのために綽名は 18禁 だったんだ。概ね金だから、という事らしいがだからどうした。ずっとそう呼ばれ世の中を僻んで生きてきた。別にスケベじゃないやい。高校時代に知り合った年上の友人から、「いや、概ね金なら24金、つまり純金でいいんじゃないか。高級だぞ。」と励ましてもらってから漸く留飲を下げることが出来たけれど、でも僕の貧弱な身体を誇りに思う事は出来なかった。だから昨日も・・・って、そうだ昨日もお前の声が。
「お前、昨日も僕を見てたのか。僕がふられるところをさ。何て奴だ。」
カッとなってそう問うと。、
「いいえ、違います。私はあなたの強い願いにひかれまして、別の地からまかり越したものでございます。ですが・・・私それなりの妖精であると自負していたのですが、何故かこちらに転移るにあたりまして位相のずれが影響したのか、あなた様の願う力の大きさ故か、転移した途端にあのような大爆発を・・・。」
そこで黙り込む妖精とやら。まて、大爆発だぁ?じゃああの光はまさか・・・。でも、僕は何ともないぞ。
その時、窓のカーテンが、いや窓枠そのものが揺れた。何者かが窓枠を掴んで揺さぶっている?
「まて、何ものだ、こら。」
「すみません。どうもこの体では力の調整が取れなくて。ここに入れてはくださいませんか?申し訳ありません。」
ごとごとごと、ガタガタと軋み出す窓枠、というか、部屋自体が揺れている?これでは部屋がたまらない。
「こら、揺らすな。妖精なら自力で入ってくれば良いだろう。空を飛ぶなりしてさ。壁抜けぐらい出来ないのか?」
するとホッとしたような声が響く。
「そうですか。それは私の存在を肯定される、という事でよろしいですね。ありがとうございます。今の姿は少しばかりこの世界の倫理規定に触れる可能性があったのですが、ご本人の了解があれば無問題です。それでは入らせていただきます。お覚悟を。」
人が止める間を与えず、その声の持ち主
が何やら謎の言葉を唱えると、急に窓際の壁が不安定に震えはじめ、そこを通りぬけて、これぞ筋肉!と言うべき腕が現れた。いや腕だけではない。そのまま逞しい大胸筋、腹筋、大腿四頭筋からヒラメ筋まで、みるみる壁をすり抜けてくる理想的な筋肉。ああ、こんなボディが手に入るなら。何度夢見たことか・・・ではなく、裸の筋肉ダルマが、そこに現れた。なんだ、コイツ。顔は・・・って、僕?理想の僕は確かにこうだけど。ご丁寧にポージングまで決めて。
「こんばんわ。我が召喚筋肉よ。昼間はご挨拶をする暇もなく、大変失礼いたしました。私の方も多少の手違いがありまして、こちらのお宅をを見つけるのに時間を取られてしまいました。」
部屋に侵入するなり、そう言いながらぺコリとお辞儀をする、理想的な筋肉、いや正体不明の僕似の男。いや、男だよなあ、声は先ほどの女の人だけど。筋肉に気を取られて少々茫然としてしまった。うむ、見れば見るほど素晴らしい筋肉をしている。僕に似ていなければそのまま舐めてみたいほどだ・・・もとい、
「お前、何者だ。こんな夜更けにこの世の法則を捻じ曲げる筋肉に憶えは無いぞ。昼間って、あの何か光った時か?」
筋肉は我が意を得たとばかり、美しい女性の声で脳筋寄りの事を話し始める。
「はい、私はこの地とは別の場所よりまかり越しました、いわゆる一級妖精でございます。名をイーナと申しまして、あ、イイナではありませんよ。イーナです。ここ、重要ですからお忘れ無きよう。」
こいつ、何を言ってるんだ?妖精?そんな架空の存在など鍛え抜かれていない筋肉のようなものじゃないか。対して役には立たない。
「その筋肉寄りの受け答え、さすが私をこの地にいざなったほどの脳筋・・・えうっふん、筋肉バ・・・ごほんごほん、筋肉お好きですよね?」
う~ん、何か馬鹿にされているような匂いを感じるが・・・。
「ええ、そうです。アナタから漂う良き筋肉のスメルをたどってここまで来まして、先ほどお庭で素晴らしいプロティンの香りについお声がけが遅れてしまいました。」
やっぱり、ずっと庭でうろついていたのはお前か。だが妖精?妖精の定義は人それぞれかもしれないが、そんな不審者としか思えないような筋肉では出直しだな。
「えい、帰れ。そんな素晴らしい筋肉でも他人の身体では劣等感が刺激されるだけだ。他をあたってくれ。それに何故、声だけ美し気な女性の声なんだ?何かヤバい風俗がらみの話か?」
「いいえ、違います。私はこの世界に足を踏み入れるまではれっきとした美しい、ちょっと以上に筋肉好きな一級妖精でした。ただ、あなた様の魂の叫びを私どもの世界で受け取りまして、こちらに転移してすぐにあなた様に理想の筋肉を授ける事にしたのですが、何をどう間違えたのか、あなた様が受け取るはずだった筋肉に私が憑依したような状況になってしまって、しばし・・・そうですねこちらの時間で半日ばかりあの場所で気を失っておりまして、この身は妖精ゆえ、別の方には発見されず、何台か車が我が上を通り抜けまして、犬と猫が数匹不審げにうなったぐらいで、気がつきましてすぐ、あなた様の良き筋肉のスメルを追って、お庭で純度高きプロティンのかほりに酔いながら、お声をおかけするタイミングを見ていましたのです。」
あまりに不審すぎる、理解の追い付かない話だ。そもそも妖精なんて信じちゃいないし筋肉が欲しかったのは事実だが、筋肉というものは日頃のたゆまぬ鍛錬と努力で手にする勲章みたいなもので、謎の存在Xに授けられるものじゃないやい。惜しいなんて思わないぞ、くそっ。だいたい今まで僕がどれだけ鍛錬を重ねたと思ってるんだ。そのどれもが貧弱な我が身ゆえ、常飲していたプロティンも昨日庭に捨ててしまって・・・ああ、それか。でも、僕に授けるはずだった筋肉って。
「じゃあ何故、お前が僕の筋肉を使ってるだ?おかしくないか?」
問うと、途端に顔を曇らせて、とは言っても理想に筋肉で鎧った僕の顔だけれど、あの美しい声でこう告げた。
「何故と聞かれましても、このような事態は想定外でして、一級妖精である私の経験則にすら則っていないのです。この声につきましては、妖精ですので仮初である肉体に寄らずして本来の美しさでお届けできている次第なのです。でも私は気に入っておりますのよ。この美しい声に、この美しい筋肉。理想的ではありませんか。あなたも、お好きでしょう。」
ああ、筋肉は好きだ。大好きだ。貧弱な病気がちの我が身を根本的に変えたくて、毎年元朝詣りに近所の神社詣りを欠かしたことがないくらいに筋肉は好きだ。だが、
「ちょっと違ってないか?筋肉は他人につけてもらうものじゃないぞ。理想の自分のボディなんて、羨ましくて仕方ないが、な。」
しかし、妖精イーナも引き下がらない。
「筋肉の良さは、それを思う心にこそあります。どんなステキな大胸筋もそれを使うもの次第では、神にも悪魔にもなれるのです。あなたはその背中に背負った鬼をどうおつかいになるつもりですか?」
いや、何かいいことを言ったような感じでまた別のポージングを決めているが、この際、一切問題の解決になっていない。僕の言いたいのは・・・
「さっさと帰れ。元居た場所があるのならそこに帰れ、今すぐに。僕が昨日帰ってきてすぐ庭に流した、良質なプロティンのように消えて無くなれ。僕がどんな思いであれと決別したと思っているんだ。もう・・・戻れないんだよ。」
大きなため息とともに語ってやったのに、どこ吹く風だ。更にこんな事も言い始めた。
「いいんですかぁ?こんなチャンス後一生無いですよ。とにかくこの肉体はあなたのものなんです。あなたが泣きながら願い、あの人間の女に土下座までして愛を誓った現場で哀れにもふられ、涙ながらに逃げ出してきた道すがらに出会った一級妖精が授けようとしたあるべきあなた自身なのですよ。これならあの無駄かと思われた告白も叶うのではないですか?」
もの凄く痛い所を抉ってきやがった。こいつ、どこから見てやがった?
「何を言ってやがる。もう僕には頼れる人も、すがる腕も無いんだよ。畜生、泣いてやる。」
すると筋肉は、僕を慰めるように、何か遠いところに語り掛けるように述懐し始めた。
「私は妖精として生まれ、優秀な妖精として育ち、妹たちも憧れる一級妖精として、人の願いを叶えるためにこの地にやってきました。それなのに叶えるべき大きな願いを持ったあなたがそんなに卑屈になっていては、この筋肉のやり場がありません。どうぞ哀れな美筋肉と思し召し、私と共に事態の好転に尽力してはくださいませんか。」
「信じられるか!人間なんて・・・女なんてどうせ、人を小ばかにして最後には捨てていくんだ、ちくしょう。」
そう吐き捨てるように言って、うつむいていると、僕の顔をした筋肉が、そのごつい腕を僕の背中に回し、抱きしめながら、こう言った。
「大丈夫。私は、筋肉は決して、あなたを裏切りません。」
これが、そのうかつな筋肉との出会いであった。南無ぅ。
しまった、まだ続く。が、いいのかこれで?うまいこと?落ちはついたけど(どこが?)、まだ私の筋肉愛が足りません・ポージングももっと勉強しないと。




