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悪役令嬢は辺境で【ニワトリ】を溺愛したい。~卵を孵すだけのスキルが神鳥と組み合わさったら、神器もチートスキルも出放題で、スローライフどころじゃなくなりました~

作者: 茨木野
掲載日:2026/03/17

連載候補の短編です!

「ルシアナ・フォン・エヴァンス公爵令嬢! 貴様との婚約は、今日この場をもって破棄させてもらう!」


 王城のきらびやかなパーティー会場に、王太子の冷酷な声が響き渡った。

 甘い香水の匂いとざわめきが充満する中、ガシャァァァン! とルシアナの手から滑り落ちたグラスが硬い大理石の床で砕け散る。


 婚約破棄? わたしが?


 その瞬間、ルシアナの頭の中に強烈な電撃が走り抜け、彼女はドレスのまま膝からガックリと崩れ落ちた。

 ひんやりとした床の冷たさを感じながら、怒涛の勢いで流れ込んでくる前世の記憶に目を白黒させる。


(思い出した。わたし、前世は日本のブラック企業で過労死した社畜だ!)


 連日のサービス残業と上司のパワハラ。

 終電を逃してオフィスの床で仮眠を取り、目が覚めてもまたパソコンに向かう毎日。

 食事もまともに取れず、休日もなく、気づけば二十七歳で過労死していた。


 そんな灰色の日々の中で唯一の救いだったのが、おばあちゃんの家で飼っていたニワトリの『ひよちゃん』だった。


 田舎に帰るたびに、ひよちゃんはルシアナ(前世名・村田ルイ)の足元にとことこ歩み寄ってきた。

 ふわふわの羽毛を指に感じながら抱き上げると、ぬくもりと一緒に柔らかなぴよぴよという声が返ってくる。

 あの温もりを思い出すたびに、どれだけ心が救われたかわからない。


(ひよちゃん……あのもふもふ……)


 鮮明に蘇るひよちゃんの感触に、ルシアナは思わず遠い目をした。


「おい、ルシアナ。ショックで腰を抜かしたか? だが同情はしないぞ!」


 王太子の声が、感傷をぶった切った。


「由緒正しき公爵家の長女でありながら、貴様の固有スキルは『孵化者カエスモノ』などという、ただ卵を温めるだけの役立たずな能力! 次期王妃にはふさわしくない! 貴様のような無能は、辺境の荒れ地にでも行って、一生泥にまみれて卵でも温めていろ! 永久追放だ!」


 王太子が勝ち誇ったように鼻で笑いながら、ビシィッ! と辺境追放を言い渡した。

 周囲の貴族たちからも、クスクスと冷たい嘲笑の声が漏れ聞こえてくる。


 確かにこの世界の貴族は、強力な魔法スキルを持っているのが常識だ。

 それに比べて、ルシアナのスキルは魔物の卵をかえすだけの地味なものだった。

 普通なら絶望して泣き喚く場面である。


(辺境? 誰にも邪魔されず、好きなだけもふもふ飼って育てていいわけ!?)


 ルシアナの目はカッと見開き、キラキラと眩しいほどに輝き始めた。

 それはつまり、広大な土地で自由にニワトリが飼い放題のスローライフということではないか。


(やったぁぁぁぁっ! これでまた、ひよちゃんみたいなモフモフを思う存分抱きしめられる!)


 前世の記憶が怒涛のように蘇り、ルシアナは歓喜のあまりその場でのけぞりそうになるのを必死に堪えた。

 震える口元を抑える。


「わかりましたわ。その婚約破棄、謹んでお受けいたします! 辺境の地で、立派に卵を温めてみせますわ!」


 ルシアナは勢いよく立ち上がると、ドレスの裾を優雅につまみ、満面の笑みで完璧なカーテシーを決めた。

 会場がどよめく。

 泣き崩れるどころか、どこか嬉しそうな顔をしているルシアナに、王太子が一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた。


 だがルシアナはもう、それどころではなかった。


(ニワトリ! ニワトリだ! ニワトリが飼えるぞ!!!)


 こうして彼女は、念願のニワトリ飼育ライフを求めて、意気揚々と王都を後にしたのである。


    ◇


 ルシアナ・フォン・エヴァンス。

 かつては『悪の令嬢』という不名誉な渾名で呼ばれていた。


 わがままで傲慢な性格だった彼女は、王太子と親しくする者たちに数々の嫌がらせを行った。

 それが王太子の逆鱗に触れ、婚約破棄と同時に追放処分を下されたのだ。


 表向きは「新たな領地の開拓を任せる」という大義名分である。

 しかし、公爵家の令嬢をあからさまに処刑すれば反発を招くため、王太子が実質的な死罪として用意した建前にすぎなかった。


 こんな極寒の辺境に放り出されれば、数日も経たずに凍死するだろうという目論見だ。


 だが、王太子には一つ誤算があった。


 ルシアナのスキル『孵化者カエスモノ』は、ただ卵を温めるだけの能力ではなかった。

 卵を孵すための最適な温度を保つ、絶対保温結界のような力が付随していたのだ。

 このスキルを展開している限り、ルシアナの周囲だけはぽかぽかと春の陽気に包まれる。


 寒さはまったく問題なし。

 むしろ快適だった。


    ◇


 森の中は、ひたすらに寒かった。


 冷たい風がヒューヒューと吹き荒れ、木々の枝が音を立てて揺れている。

 だがルシアナの周囲だけは、不思議なほど暖かかった。


 頬をぷくっと膨らませながら、ルシアナは荒れ地を歩く。

 マジで何もない。

 ガラクタの残骸と、枯れ果てた木々と、凍りついた地面があるだけだ。


(うん、いい土地だ)


 ルシアナは満足そうに腕を組んで頷いた。

 何もないということは、好き勝手に作れるということだ。

 まずはニワトリ小屋。

 次に餌場。

 水飲み場も必要だな。

 前世の知識を総動員して、理想の養鶏場を脳内で設計し始める。


(ひよちゃん、待っててね。絶対に素敵なおうちを作るから)


 前世のひよちゃんはもうここにはいない。

 それはわかっている。

 でも、またあんなふわふわに会えたら。

 またあの温もりを抱きしめられたら。


 そんなことを思いながら、ガサガサとガラクタの山を漁っていると、ふと奇妙な音が耳に届いた。


 ピキ、ピキピキ。


 何かがひび割れるような、微かな音だ。


「んん?」


 ルシアナが不思議そうに首を傾げると、ガラクタの奥にぽつんと置かれた丸い物体を見つけた。

 ひんやりと凍りついた、巨大な卵が放置されていたのだ。


 大きさは抱えるほど。

 表面は薄い氷に覆われ、中から微かに何かが動いているような気配がある。


「わぁ、卵! でもなんでこんな所に卵が……」


 ルシアナは迷わずその卵を抱き寄せた。

 絶対保温結界の熱が伝わり、氷がじわじわと溶けていく。

 なんとなく、このまま孵してあげたいという気持ちが湧いた。


「孵化!」


 ぱかんっ、と小気味よい音を立てて殻が割れる。

 ほわっと白い湯気が舞い上がり、中から現れたのは——


「ぴるっ」


 小さな赤いヒヨコだった。


「うわあああああ!!!」


 ルシアナは声にならない叫びを上げて、その場で飛び跳ねた。

 真っ赤な羽毛、くりっとした黒い目、ぷっくりとした丸いお腹。

 どこからどう見ても、ひよちゃんだった。


 ひよちゃんそっくりのヒヨコが、ルシアナの腕の中でちょこんと座って、小首を傾げている。


「ひ、ひよちゃん……? いや、ひよちゃんじゃないけど、でも……!」


 ルシアナの目に、みるみる涙が盛り上がった。

 前世で会えなかったひよちゃんの面影を探すように、そっと指を差し伸べる。

 赤いヒヨコはしばらくじっとその指を見つめてから、ちょこんと頭を擦りつけてきた。


「うわっ、あったかい! やわらかい! もふもふ!!!」


 ルシアナは泣き笑いの顔でヒヨコを胸に抱いた。

 ぬくぬくとした体温が伝わってくる。

 前世のひよちゃんそのままの温もりだ。


 そのとき、突然——。


 ガロォォォォォォォッ!!


 鼓膜を破るような轟音とともに、巨大な影が舞い降りた。


「え?」


 見上げると、凶悪な牙を剥き出しにした氷竜がいた。

 圧倒的な冷気をまとい、今にもルシアナたちを丸呑みにしようと口を大きく開けている。


「わぁっ!」


 ルシアナが驚いて大きくのけぞったその瞬間、腕の中の赤いヒヨコが小さく息を吸い込んだ。


 ふっ——。


「え、ちょっ——」


 ぼぉおおおおおおおおっ!!!


「ええええええっ!?」


 ヒヨコの小さな嘴から放たれたのは、規格外の業火だった。

 圧倒的な熱量が氷竜を飲み込み、悲鳴を上げる間もなく一瞬で消し炭に変えてしまう。

 周囲の雪がジュワッと蒸発し、焦げた匂いが鼻を突いた。


 静寂。


 ルシアナは腕の中のヒヨコを見下ろした。


 ヒヨコはまた「ぴるっ」と鳴いて、小首を傾げた。


「…………ひよちゃん?」


「助かったぞ、少女よ。礼を言おう」


 ヒヨコが、流暢な言葉を喋り出した。


 ルシアナは固まった。


「我は神域の八賢者が一人、ドゥリンという」


 偉そうに胸を張る、赤いヒヨコ。


「…………」


「どうした」


「…………ヒヨコが喋った」


「ヒヨコではない。神鳥だ」


「神鳥……」


「そうだ」


 しばらくの沈黙。


「ひよちゃん」


「ヒヨコではないと言っている! む? お主、その魂の波長、さては転生者だな?」


「そうだけど」


「なんと、主も転生者か! 奇遇なことよな!」


 ルシアナは少しの間、目の前の赤いヒヨコを見つめた。

 神域の八賢者とやらが、ちょこんと座って小首を傾げている。


「ひよちゃん」


「だからヒヨコではない!!」


    ◇


「新しい名前を欲する」


 赤いヒヨコは短い羽をパタパタと動かしてふんぞり返った。


「ドゥリンというのは前世の名前だ。貴殿の使い魔になったからには、新しい名前がほしい」


「ひよちゃん」


「今つけたな? 即決だったな?」


「生まれた時ヒヨコだったから、ひよちゃん」


「…………」


 ヒヨコが深いため息をついた。


「あいわかった。ひよちゃんでいい」


 主従の契約が成立したのか、あたたかい光がヒヨコを包み込む。

 甘く芳醇な魔力の香りが辺りに漂い——次の瞬間、ぱぁっという派手な光とともにヒヨコが立派な白いニワトリへと姿を変えた。


「ええええ!? なんで一瞬でニワトリに!!」


「カエスモノの力だ。そなたに孵された者は、能力値が最大になるらしい。ゆえに、我もこのように爆速で成長した」


「本当にひよちゃんになった……!! もふもふ!!!」


 ルシアナは両手を広げてニワトリに飛びついた。

 ふわふわの羽毛が頬に当たる。

 あたたかい。

 ひよちゃんそのままだ。


「こら、離せ。神鳥に対して失礼だろう」


「もふもふもふもふ」


「聞いているか?」


「もふもふ……」


 ひよちゃんは諦めたように目を細めた。


 そのとき、ぽこん、と間の抜けた音が響いた。


「む」


 ひよちゃんのお尻から、黄金に輝く卵が雪の上に転がり落ちる。


「って、ひよちゃんメスだったの!」


「前世でも女だ。何か問題があるか」


「ない!! 卵を産んでくれるの!? じゃあ孵す!!」


「待て、その卵は——」


 ルシアナがすでに両手で卵に触れていた。

 『孵化者カエスモノ』が自動発動する。


 ぱかん!


 殻が割れ、光り輝く巻物が飛び出してきた。


「スキルを獲得したって声が聞こえた!? 卵からスキルが出てきた!?!?」


「我の産む卵は、孵すと様々なものが出てくるらしい。前世の知識に記録があった」


「ガチャじゃん! 卵ガチャじゃん!!」


「もう一つ産んだぞ」


「え、もう!?」


 ころん、と二個目の卵が転がり落ちた。


 ルシアナが勢いよく触れて孵化させると、地鳴りのような轟音とともに、豪華な装飾が施された巨大な家がドゴォォンと出現した。


「ええええええっ!!! 家が出てきた!!!!」


「建築スキルも出てきたようだな」


「ちょっと待って落ち着かせて!? さっきのスキルも確認したら超レアだったんだけど!?」


 ルシアナは両膝から崩れ落ち、頭を抱えた。


 そしてゆっくりと顔を上げ、ふわふわの白いニワトリと、突然出現した豪邸と、雪の上に転がるキラキラした卵の殻を交互に見比べた。


「……ねえ、ひよちゃん」


「なんだ」


「まだ卵、産める?」


「産めるが」


「産んで」


「神鳥をなんだと思っている」


「産んで」


 ひよちゃんは深いため息をついた。


「……わかった。ただし、一日に産める数には限りがある。あと、我にとって居心地のいい環境を整えることが条件だ」


「居心地のいい環境!? わかった! 豪華なニワトリ小屋を作る!! 床暖房完備で!! エサも最高のものを用意する!!」


「貴殿は今、追放されたばかりだぞ」


「でもスキルがある! 土地もある! ひよちゃんもいる! なんとかなる!!」


 ひよちゃんがじっとルシアナを見つめた。


 呆れているのか、感心しているのか、よくわからない顔だった。


「……変な主に拾われたものだ」


「最高の養鶏場を作るよ! 待っててね、ひよちゃん!!」


 ルシアナは立ち上がり、ぐっと拳を握った。


 灰色だった前世。

 ニワトリ一羽に救われた日々。

 それがここでは、本物になる。


(最高のスローライフにしてみせる!)


 辺境の空に、小さな炎が揺れていた。


    ◇


 一方その頃、王都の宮殿では重苦しい空気が漂い始めていた。


「殿下ぁ、このお菓子めっちゃ美味しいですねぇ!」


 王太子の隣で、学園で知り合った平民出身の聖女が下品な音を立てて菓子を頬張っていた。

 周囲の侍女たちが目を伏せ、貴族たちが静かに顔をしかめる。


「あ、そこの侍女! お茶が冷めてるじゃない! さっさと替えてきてよ! なにぼーっとしてんの?」


 聖女が指を鳴らした。

 侍女が青ざめた顔で一礼し、足早に退出する。


 王太子は眉間に指を当て、目を閉じた。


 ルシアナは確かにわがまま放題だった。

 傲慢で、高飛車で、周囲を振り回すことに躊躇がなかった。


 だが、彼女が場を乱したことは一度もなかった。


 侍女への接し方、食事の作法、来賓への応対。

 次期王妃として求められることを、ルシアナはすべて完璧にこなしていた。

 それが当たり前すぎて、気づかなかったのだ。


「殿下ぁ、明日のパーティーって何着ていけばいいですかぁ?」


 聖女の能天気な声が耳に刺さる。


 王太子は静かに目を開けた。


 窓の外、遠く霞む北の空を見つめながら、ゆっくりと息を吐き出した。


 何かが、少しずつ、狂い始めている気がした。


 ルシアナが辺境で何をしているのか、それはまだ誰も知らない。

 だが王太子が「してしまったかもしれない」と気づくのは、もう少し——いや、思ったよりずっと早くなりそうだった。


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主人公、鶏育てたいなら婚約自体断ればよかったのでは
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