一人称の同意を求めるような地の文は煩いだけ
ある元作家がネットで書いてるものに、当たり前の話を書くのに、わざわざ「〜〜〜したいよね」と、くどく書き足している。
こういうのは、一体誰に向かって言ってるのであろうか。
例えば、引っ越してきて、荷物を整理するのに、わざわざ「早く綺麗にしたいよね」は当たり前である上に、わざわざ書くことではない。
こういう書き方は絶対に真似してはいけない。
その作家は初期の電子書籍作家であり、もう7年以上も紙書籍を出していない。
文学賞も2次落ち。
実力がないのである。
読むのもやめた方が良い。
ついでに言っておくと、設定破綻、視点混乱、主人公不在の失敗作を書いていのは、その注文のなくなった作家である。
設定破綻の例。
「大量殺人」「女性が歌手志望」「恋愛」を組み合わせる。
これは3羽のウサギを追った失敗作である。
視点混乱の例。
テーマが復讐である。
「嫌がらせをする教師」
「嫌がらせをされる生徒」
「その他の同級生複数」
これは確かに視点を定めるのが難しいテーマである。
わたしは、最初から最後まで「同級生1人」の視点に絞るのがいいと思う。
なぜなら、「嫌がらせをされる生徒」も「嫌がらせをする教師」も秘密を隠しており、心理描写が出来ないからである。
それがいいと思うが、その元作家は、最初の方で4人の同級生の視点で書いて話をわからなくしている。
人間は普通、その辺りで読むのが嫌になるので、その作品の評価は低い。
だが視点統一すれば、格段に読みやすくなる。
もし視点を整理すれば、あるいは2次通過もあるかもしれない。
だが新人賞の候補までいっても、受賞はできないだろう。
それはイジメの証拠を握れば、民事訴訟という方法があり、自殺してまで警察に再捜査させる理由が弱いからである。
山形マット死事件も知らないのかと、言われて落選するであろう。




