日本人同士でも意見が別れる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」は書いても無駄
日本人の間ですら意見が大きく分かれる
「従軍慰安婦」
「南京大虐殺」
といった題材は、文学賞狙いという観点では、書くだけ無駄になる可能性が極めて高いテーマです。
これは、どちらの立場が正しいかという問題ではありません。
また、歴史研究の是非を論じる話でもありません。
文学賞の評価構造と、まったく相性が悪いという、実務的な理由によるものです。
これらの題材は、書いた瞬間に作品が「物語」ではなく「立場表明」として読まれます。
選者は、文章や構成、心理描写を見る前に、
「この作者はどの立場か」
「この表現は問題にならないか」
というフィルターを通さざるを得なくなります。
結果として、
・どれほど丁寧に書いても、評価が割れる
・内容以前にリスクとして敬遠される
・選考会で扱いづらい原稿になる
という事態が起きやすい。
文学賞は議論を起こす場ではありません。
商業出版につなげられるかどうかが常に意識されています。
国内外からの批判、抗議、炎上の可能性があるテーマは、それだけで大きなマイナス要因になります。
特に新人賞では顕著です。
新人は「安全に売れるか」「扱いやすいか」も同時に見られます。
そこで、意見の分かれる歴史問題を正面から扱う必然性は、ほとんど評価されません。
言い換えれば、この種のテーマは、
・すでに作家として地位を確立している
・編集部が守る覚悟を持てる
立場になってから扱うべきものです。
文学賞狙いの段階で選ぶ題材ではありません。
書きたいかどうかと、通るかどうかは別問題です。
評価を得ることが目的であるなら、最初から地雷原に踏み込む理由はありません。




