二次創作作品は不利である
文学賞を狙う場合、二次創作作品は不利になる。
これは好みの問題ではなく、評価の構造による。
二次創作は、すでに共有された世界観や人物像を前提にしている。
読者が知っている設定や関係性を借りることで、説明を省ける反面、作品そのものの独自性が見えにくくなる。
文学賞の選考では、「この作品でなければならない理由」が強く求められる。
ところが二次創作では、その核となる部分が、すでに他者の創作に依存していると判断されやすい。
また、評価が前提知識に左右される点も不利である。
原作を知っているかどうかで受け取り方が変わる作品は、公平な評価が難しい。
選考の場では、その時点で敬遠されやすくなる。
さらに、二次創作は表現の自由度が限定される。
人物の行動や結末に制約があり、踏み込むべきところで踏み込めないことが多い。
これは、物語の強度を下げる要因になる。
文学賞は、新しい作家と新しい表現を見つける場である。
既存作品の延長線上にあるものは、その目的から外れやすい。
二次創作は練習としては有効である。
しかし文学賞狙いという一点に限れば、不利になることは避けられない。
落選作の例
「あしたのジョーは死んだのか」
宮沢賢治の作品を題材にしたもの。
谷崎潤一郎の「細雪」を題材にしたもの。




