設定破綻と物語の一貫性
物語を構成するうえで、提示した要素や登場人物が最後まで活かされない場合を「設定破綻」といいます。
例えば、冒頭で狼男や大量殺人の事件が描かれながら、途中から恋愛話に移り、最後まで事件が解決されないといったケースです。
これでは他の人間が10年前から何十人も殺されていると、冒頭に書いてあるのに、自分の彼女さえ助かれば、他の人間がいくら死んでもいいと言ってることになります。
このような失敗作に「一気に読みました」などと感想を書くと、自分の愚かさを認めることになるので感想など書かないほうがいいでしょう。
また、初めに個性の強い登場人物が登場したにもかかわらず、二章以降ほとんど姿を消す場合も同様です。
例えば、結婚相談所の話で個性の強いナビを冒頭で出したのに、それが消え相談所内部の結婚や合コン、同窓会の話を書いているようでは、主人公不在の失敗作です。
なぜなら、会社内部の話は別に結婚相談所でなくても普通の会社と同じです。
こういうのは、あくまでナビを中心に書かなければいけません。
自称魔女が魔法を使わないで、病気を治すのに、最後は空飛ぶ魔女になるような場合も同様です。
女子生徒が2人も行方不明になってるのに、助っ人の男子高校生が他校生であることを隠して、下の名前を隠して当てさせる遊びの話を書くのも同様に設定破綻です。
なぜなら、助っ人は第三の被害者が主人公の姉になることを、その時点では知りません。
犯人は狂った教師であり、助っ人は第三の被害者が出るかどうかすら知りません。
助っ人が行方不明の生徒2人の命を危険にさらしていることになります。
助っ人が主人公の姉と知り合いだったという落ちを先に考えて、矛盾に気づいていないのです。
このような設定破綻は電子書籍のみのものには多いです。
設定破綻は、物語において悪影響を及ぼします。
読者は冒頭で提示された期待を前提に物語を読み進めますが、それが無視されると違和感や不満を覚え、物語への没入感は大きく損なわれます。
冒頭で提示した事件やキャラクターは、物語の最後まで意味を持たせるか、少なくとも読者の期待に応える形で扱う必要があります。
文学賞では設定破綻は絶対に通用しません。
設定破綻を読者に気づかれ、電子版を差し替えた例があります。
そのことをまた書評で指摘されると、本と電子版の比較は誰でも確認できるので、その作家は他の出版社からも警戒されます。
あるネット小説では、コンビニでバイトしている女性が、中学時代の同級生の男に心を惹かれ、酔っ払いが金だけ払って、クリスマスケーキを店に預け、その代わりに、その息子が代わりにケーキを取りに来るという話がありますが、これも設定破綻です。
なぜならその男も意識しており、声をかける機会はいくらでもあり、父親の代わりに来る方がハードルが高いからです。
またあるネット小説には、缶を蹴ったのとは別の少年が殴られる話があります。
これは設定破綻とまでは言えませんが、こういう不公平な扱いは読者を不快にさせます。
別のネット小説では、幽霊(2年前に死んだ2年先輩の女性の霊)が年下の女子高生の説教で消えるという話がありますが、これも設定破綻と言っていいでしょう。
これはホラーですが、種明かしを先にしてしまい、年下の説教で幽霊が消えるのでは物語としての必然性がありません。
またこのような説教は、読んでいて不愉快なものです。
また別のネット小説には、忍者の末裔の小学生のカップルが「都市伝説」を退治する話がありますが、舞台は現代です。
何も悪いことをしていないのに、なぜ退治するのでしょうか?
このような失敗は「都市伝説」とは何か、読者が知ってると決めつけるから起きます。
もちろん文学賞には遠く届きません。




