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37.逆さまの明暗②

ツンとしたアルコールのにおいが漂う清潔な空間の側に、赤黒く染まったガーゼが何枚も積まれている。


「サリ軍隊長、お加減はいかがですか?」


「おお、ニール。

わざわざすまない。

少し縫ったが何の問題もないから安心してくれ。」


「すみませんでした…

俺がニックの動きに対処できていれば…」


「いや、あれは俺の不手際だ。

ニールに当ててはならないと思わず力を抜いて加減してしまったからな。」


口を開けば謝罪が交互に繰り返され、このままでは終わりが見えなくなってしまいそうだ。

そんな空気を察してか、サリが話題を変える。


「ニックの様子は変わらないか?」


「は、はい。

先ほども拘束から抜け出そうと暴れていました。

目も変わらず赤く染まっていて、能力が溶けるにはまだ時間がかかりそうです。

レオか引き続き監視しています。」


「そうか。

ニックは辛いだろうが、何かしてやれる事すら無いのが現状だ…

今は街の警備増やし、市民の安全を守らなくてはならない。」


「あの、俺も力になりたいです。

警備を強化するなら交代要員も必要になるでしょうから。」


「いや、お前たちにはまた任務を依頼しようと思っていたところだったんだが…

頼まれてはくれないだろうか?」


悪魔が街の中に潜んでいるこの状況での任務とはどんな内容なのだろうか。

自分も警備に回りたい気持ちと、今だからこそ任される任務であるのならば重要な物なのだろうと複雑な気持ちが湧いてくる。


悪魔に思考を奪われた人間を見るのは初めてだった。

アルマの時とは違い、生きている人間が悪魔に操られてしまう恐怖を知った。

すでに死んでいると分かっていても少なからず攻撃を躊躇ってしまう気持ちもある中で、生きている人間が一時的に操られているだけとなれば話は違う。


今この瞬間にだって悪魔が市民の中に紛れ込んで襲う隙を伺っているかもしれない。

しかし、サリが人員を割り振ったのであればそれが今最大限に個々の能力が発揮できる体制なのだろう。


ならば、新たな任務を受けることに何の躊躇いもない。

今回もヴァロンとジェムに加えてノウマスも一緒だと告げられ、やる気がみなぎる。

詳細は後だと言い、まずはニックの様子を確認すべく立ち上がって医務室を出た。








「ニックはどうだろうか?」


「サリ軍隊長!

ニックはつい先ほど悪魔の能力が解けたようで、暴れたりもしていません。」


「そのようだな。

……君は自分の名前が分かるか?」


拘束されたニックの前にしゃがみ、目線を合わせると名前を聞いた。

ダラダラと汗を流し肩で息をしているニックがゆっくりと顔をあげ、サリと目を合わせる。


「俺は…俺はニック…です。

ニックです…サリ軍隊長…」


自分の名前を口にした途端、ボロボロと大粒の涙を溢し始めた。

兵士に似合わない大声で泣く姿が、心に突き刺さる。


「辛かっただろう。

落ち着いたらでいい。

今日の出来事を整理して話そう。」


「はい……はいっ!」


嗚咽しながら泣いているニックを見つめるとこしかできない。

何と言葉をかけたら良いのかが分からなかった。


それはヴァロン、ジェムも一緒のようで、寄り添いたい気持ちはあるものの悪魔に操られた経験のない中で勝手な同情は逆に傷つけてしまうと感じた。


「もう問題ないだろう。

ニックの拘束を解いてやろう。」


サリの一言でハッとし、括り付けられていた拘束から解放する。

力の限り暴れていたニックの手足は、縄が食い込み擦れた痛々しい傷ができていた。


「ニック!ニック良かった…」


「ああ……本当にすまなかった…」


いち早く駆け寄ったレオがニックに語りかけるが、そんな喜びは一瞬に留め、肩を借りてゆっくりと立ち上がるとサリに向かって頭を下げた。


「警備中の街中でこのような失態を起こしたこと、心から反省をしています。

申し訳ありませんでした…」


「…我々は人間に扮した悪魔を見分ける方法を持たない。

今回、お前がターゲットとなり悪魔の能力に支配されたからこそ、誰1人として市民は傷つかなかった。」


「…でもっ

その傷だって…」


「まずは仲間たちが全力でお前を止めてくれた事に礼を言いなさい。」


「…は、はい!」


こちらを真っ直ぐに見つめる目からは、すでに赤色は消えていた。

しかし、手足は震えて声にはしっかりと力が籠っていない事がわかる。


悪魔に思考を支配されるとはどれ程の恐怖なのだろうか。

その時の記憶はあるのかすら分からない。


悪魔について知らない事が多すぎる。

実際に支配されている人間を目の当たりにし、何も対処が出来なかった事が悔しかった。


ただ戦うのではなく、敵を知らなくては何も出来ないのだと痛感する。


「ニック、まずはお前の治療をしよう。

落ち着いてから報告へ来てくれ。」


「はい!」


そう言い残し、サリは先に去って行く。

コツコツと遠ざかる足音が完全に聞こえなくなった時、新兵が口を開いた。


「ニール、ヴァロン、ジェム、本当にありがとう。

皆んながいてくれたからニックも助かったんだ…」


「…俺を止めてくれてありがとう。

そして、迷惑かけてごめん。

本当に…」


まだ震えの治らない体で謝るニックがとても小さく見える。

今は礼も謝罪もいらない。

無事であった事がなによりで、今はとにかく治療をしてほしい。


「気にするな。

正気に戻ってくれてよかったよ。」


「その通りだ。

まずはその傷を治すのが先だろう。」


「腕だって…多分折れてるでしょ…?

さあ、医務室に行った行った!」


「ありがとう…」


そっとニックを担架に乗せ、医務室へ急ぐ。

しっかりと診察を受けると、腕の他に肋骨も折れていたようだった。


縄を引きちぎってしまうのではないかと思うほど、理性もなく暴れていた姿を思い出す。

あれが悪魔の能力なのだと実感し、恐怖さえ感じる。


長い1日が終わり一息つくも、今日はこれから訪れる夜の方が何倍も長く感じる事だろう。

しかし、自分たちは早急にとサリに任された任務を明日に控えている。


少しでも眠らなくてはと目を瞑るが、街の心配が頭から離れない。

次第にズキズキとする頭痛に襲われて、考える事を止めさせられる。


痛みは増していき、ガンガン、ズキズキ、どんな痛みなのかすら分からなくなって行く。

そんな痛みの中でいつの間にか眠りにつき、目を開いた時にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

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