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30.戦慄をなぞる瞳②

キーーーッと耳を刺すような異音で目が覚めた。


気を失ってからどれくらい経ったのだろうか。

先程と変わらない肉が焦げたにおいと血のにおいがとても気持ち悪くあの内容物が迫り上がる。


必死でそれを飲み込もうとするが、咽せて汚らしく吐き出してしまう。

ゴボゴボと異物を押し出そうと動く肩と腹が痛い。


教会は無事なのだろうか、仲間は無事なのだろうか…

ロデリックさんは…


そう考えていると、勇ましい歓声が遠くから聞こえてきた。

恐らく人間側が勝利し、歓声をあげているのだろうと直感した。


ああ、ここから逃げなくちゃ。

声が聞こえるほどの近さなら、その内見つかってしまう。

そうなれば、僕も殺されて終わりだ。


逃げなくちゃ…

逃げなくちゃ…

しかし、体の痛みは変わらず起きあがろうとしても力が入らず、恐怖と悲しみのこもった涙だけが流れる。


手元にある草を握って身体を引き寄せようとするが、ブチブチと千切れるだけで体重をかけられず進まない。


死にたくない、生きたい…

必死の思いでみっともなく地面を這いながら、とにかくこの場を離れようと教会を離れていく。







肘が痛い…膝が痛い…

這っているうちに段々と擦りむけて、今までとは違う新しい痛みが身体を襲い出す。

しかし、逃げなければ人間に見つかってしまうかもしれない。

その恐怖が痛みを上回り、前へ前へと身体を進めていく。


気づけば水の音が聞こえてきており、川の近くまで移動できている事を実感する。

教会から川までもだいぶ距離がある。

かなり時間はかかったが、相当離れることができたようだった。


茂みを抜けると、そこには川が目の前に広がっていた。

そして、視線の先には倒れている1人の人間の姿が見えた。

生きているか死んでいるかは遠目だと分からないが、動く様子はない。


よし、行こうと人間が倒れている方へ進むが、気持ちは急いでいるのに体が追いつかない。

ジリジリとにじり寄って人間の元へ辿り着くと、そこには僕たち悪魔を襲ってきた兵士が傷だらけで倒れていた。

そして、虫の息ではあるがかろうじて生きてる。


「…あ、これ…ラッキーかも…」


「はぁ…はぁ…」


人間は悪魔の僕を前にしても気づかず、息をするので精一杯のようだ。

放っておいてもそのうち死んでしまうだろうと感じた。


「ちょっともう…僕も、限界なので…

力、…力貸してください…ね?」


「ゔっ…ぐっ……っ」


兵士の上にまたがり、今出せる限りの精一杯の力で兵士の首を締め上げた。

ギリギリと力を込めて、傷だらけの太い首に掴みかかる。

兵士が苦しみの声を上げながら僕の腕にしがみつくも、その力はとても弱い。


更に力が弱まって行き、バタッと手が落ちた。

そして、ついに全く動かなくなる。

手についた兵士の血を舐め、ニヤリと笑いながら次にやるべき事を思い出していく。


「よし……次は…」


体勢を変えず、兵士の横に落ちていた剣で自分の親指を切り少量の出血をさせる。

ちょっと痛いけど、今やることの為に必要なことだから我慢をしなくてはいけない。


そっと兵士の顔に手を沿わせ、頬にできている傷口へ自分の親指をグリグリとねじ込んだ。

傷を抉られても何の反応も見せない兵士。

しっかりと傷に自分の血液を擦りつけるように押し付けてから様子をみる。

ポンポンと胸を叩いてみるが、これにも反応がなかった。

先ほどの笑みがフッと消える。


「これで良いはず…なんだけど。

僕にはまだ早いのかな…」


しばらく待ってみたが変わりなく、自分の無力さに悲しみが溢れる。


「できないなら食べちゃえば良かったな…」


兵士の遺体を見つめながらどうしようかと考えていると、遠くから人間の声が聞こえるような気配がした。


なんだ?捜索に来たのか?こんな所まで…?

緊張が走り、鼓動がどんどん早くなっていく。

ここに留まっていても、茂みを抜けられたら終わり。


何もない川辺に走れもしないボロボロの子どもの自分と、数人の大人の人間。

どうなるかなど、考えなくてもわかる。


見つかるのも時間の問題だと、痛みが走る体に鞭を打ちその場から逃げる事を決めた。




ヨロヨロと立ち上がって動き出した時、川辺の向こうにもう1人誰かが倒れている事に気がついた。

あれは…仲間だろうか。

遠くて仲間なのかも分からない。

そして、生きているのか、死んでいるのかも分からない。


「…ごめんなさい。」


今のこの状況で確かめる余裕はなく、身体を引きずって離れていく。

仲間ならどうか見つからないでくれ…

そう願いながらまた茂みの中へ入って行った。





---------------






ウォルデが川辺から逃げ出してから数分後、首を絞めて殺されたはずの兵士の目が開いた。

しかし、しばらくの間、瞬きをする事もなく真っ直ぐとひたすら空を見つめていた。


そして、痛みに苦しむような様子もなく、何事もなかったかのようにムクリと身体を起こしたかと思うと、そのままスッと立ち上がる。


「おい、いたか?」


「いや、誰もいなかった。

くそっ、どこに行ったんだあいつは。」


「いつも1人で突っ走って迷惑かけるんだよな…

見つけたらケツ引っ叩いて説教してやるか。」


「…それで反省する奴だったらいいんだけどな。」


「まあ、無理だろうな。

とにかく早く探さないと…

どこ行きやがったアルマのやつ…」


遠くから人間が会話をしている声がしていた。

先ほどより鮮明な声で、川辺へ近づいている事がわかる。


しかし、そんな声に振り返ることも無く正反対の方向へ身体を向けると、そのまま歩き出した。

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