29.戦慄をなぞる瞳①
…まさか、人間が教会へ奇襲を仕掛けてくるとは誰も思っていなかった。
僕たち悪魔は、クルォール・クリスタルと言う真紅ののように赤く輝く宝石を神性の器として祀っている。
僕たちの魂はあの真紅の結晶から削り出されてピアスとなり、役目を終えれば再びあの奥底へと溶け込むのだと教えられて来た。
僕の名前『ウォルデ』も、クルォール・クリスタルへ祈りを捧げ賜った名前だと親から聞いた事がある。
だからこそ、自分たちの命以上にクルォール・クリスタルは大切なもの。
吸い込まれそうなほどに美しい真紅、それに呼応するようにピアスが一際輝きを放つ僕たちの神。
そんなクルォール・クリスタルへ祈りを捧げる儀式の最中に襲撃が起こった。
祈りの場に多くの者が集まる空間が苦手な僕は、いつも同じ窓際の席を好んで座っていた。
そして、儀式でありがたいお言葉を聞いている最中、目の端に何か動く影を見つけた。
その影を見失わないように目で追いながらよく見ていると、松明を持った人間の集団である事がこちらに迫っている事が分かった。
突然の驚きにドクンと心臓が大きく鼓動し、緊急事態を知らせなくてはと、慌てて他の悪魔たちをかき分けて祭壇のある中心へ急いだ。
「人間だ!!!
人間が教会に火をつけようとしてる!!!」
静かな空間にありがたいお言葉だけが流れる中、自分の叫び声が全てをかき消して響くが、誰もまともに受け取ろうとはしてくれなかった。
「こら、ウォルデ!
祈りの最中に邪魔をするな!」
「だって…!だって人間がっ!!」
「今は大事な儀式中だと分からないのか!
こんな事をして、許される事ではないぞ!!」
「違う!!人間が襲って来てるんだよ!!」
必死に叫ぶも、身体を押されて元いた場所に戻されてしまう。
改めて外を確認するが、移動したのか人間の姿が見えなくなってしまっていた。
チッと舌打ちをし、その場を抜け出して教会の上階へ上がって行く。
どこなら見えるかと、あちこちの部屋から窓を開けて覗き込んでいた時、誰かも分からない大勢の悲鳴が耳をつんざいた。
上階まで充満してくる焦げ臭さと血のにおいが頭をクラクラとさせる。
窓の外では火だるまになった仲間たちが人間に容赦なく殺され、教会の中も外もまるで地獄のようだった。
「やめろ!!やめてくれ!!」
そう叫ぶが、誰にもこの声は届かない。
次第に火の手も広がり、煙で視界が奪われ息も苦しくなってくる。
しかし、下に降りればあの仲間達のように生きたまま燃えて殺されるだけだ。
このまま呼吸が出来なくなって死ぬか、燃えて切られて死ぬ…
冷静に考えられる状況ではなく、どっちで死んだ方がマシなのかと助かる方法を考える事ができなかった。
「ロデリックさん!!!」
窓から顔を出してどうにか呼吸をしていた時、燃えている自分の服を消火しようとしている仲間が目に入った。
ロデリックは最近よく一緒に人間を狩に行く時について来てくれる兄のような存在だ。
口数は多くないけど、緊張しがちな僕を支えてくれる大切な仲間…
「逃げてロデリックさん!!
あっちも人間だらけなんだ!!!」
僕の叫び声が届かないようで、燃えた服を脱ぎ捨てて剣を握りしめると、再び燃え上がる教会の中へ入って行く。
ロデリックさんは戦ってるんだ…僕も力にならなきゃ…
そう思い階段を降りるが、すぐに炎によって行く手を阻まれてしまう。
クソっと踵を返して窓から飛び降りる事を決め、何部屋も巡って着地できそうな場所を探すが、息が苦しくなり思うように体が動かない。
やばい、死ぬ…
と感じた瞬間、キーーーーッと耳を突き抜けるような異音に驚いて飛び起きた。
近くの窓を力一杯開き、咳き込みながらも酸素を肺いっぱいに取り込んでいく。
呼吸をしながら、目線の先に低木がある事を確認した。
「よし…あそこなら飛び降りれるかも…」
低木に着地しようと決め、小窓に身体を捩じ込んで身体を放り投げた瞬間、とてつもない轟音と共に教会が爆破された。
豪風が身体を吹き飛ばし、飛び散る瓦礫を打ち付けて身体中に痛みが走る。
息もできず、前も見えず、その時は何が起きていたのかすら理解をする事ができなかった。
やっと周りを見る事ができた時には音も風も収まっていたが、周りは草木に覆われて何も見えない状況だった。
身体を起こそうにも、身体中が痛くて動くことすらできない。
そんな状況でも分かった事は、人間と悪魔の血のにおいが混じって漂ってくる事。
教会は?クルォール・クリスタルは無事なのか?
仲間達は?ロデリックさんは?
何も分からない状況への不安、仲間たちや教会の心配、自分はなぜこんなにも身体が痛いのか…
分からない、何も分からない…
でも、このにおいの中にロデリックさんのにおいは混ざっていて欲しくないと、爪で地面を抉り拳を握にながら思う。
起き上がる事もできずに少しずつ遠ざかって行く意識。
緑しかない視界の中で、教会が崩れ落ちているであろうガラガラと響く音と振動が全身に伝わり揺れる。
ここも危険かもしれないと思いながらも、下がり落ちる瞼に抗えず目を閉じた。




