26.灰の空に誓う声①
俺の両親は悪魔に殺された。
小さい頃、俺は体が弱くて療養所を行き来するような生活をしていた。
ある日、夜中に発作を起こしてしまって両親が俺を抱えて療養所へ走った。
冷たい空気が喉を刺し、咳が余計に酷くなって呼吸が苦しくなった事を覚えている。
とうに消灯して真っ暗な療養所の扉を叩き、ぐったりする俺を預けた。
いつものように療養所での生活が始まり、退屈な時間をどう乗り切るか一生懸命に考えて過ごしていた。
しかし、いつもならとっくに退院ができている時期を過ぎても両親は迎えに来なかった。
と言うより、一度も見舞いに来てくれる事がなかった。
毎日のように来てくれる両親が、一度も来てくれない事が寂しくて悲しくてずっと泣いていた。
どれだけ泣いても両親は来ないし、周りの大人達は何故か困ったような顔をする。
誰も見舞いに来ない療養所での生活に痺れを切らし、隙をついて療養所を抜け出そうとした。
後ろばかりを気にして前を見ないまま走り出した時、知らない大人にぶつかった。
その人が俺の新しい親と呼ぶ人間だと知った。
訳のわからない状況に固まっていると、別室に連れて行かれて優しく語りかけられた。
「はじめまして、アルマ君。
私はこの近くにある養護院、アイビー・ロッジのマスターだよ。
今日は君をお迎えに来たんだ。」
「お迎え?
でも、今は入院しなきゃだめだよ。
お父さんとお母さんが心配しちゃう。」
「……そっか。」
マスターと言う人が療養所の人たちと何やらコソコソ話していた。
今思い返すと、あの時はなぜ俺に両親のことを伝えていないのかと言っていたのだろう。
「アルマ君、とても悲しい話なんだけど、伝えなきゃいけない事があるんだ。」
そう話すマスターの声色が一段階低くなった。
俺の手を優しく握ると、少しだけ力を込めて話し出した。
「アルマ君のお父さんとお母さんはね、ちょっと遠い所へ行ってしまったんだ…」
「え?」
「少し用事があってね。
しばらく会う事はできないと思うんだ。」
「なんで…なんで?
なんで俺を置いてっちゃったの?
俺が病気だから?イタズラばっかりしてるから?」
「違うよ、アルマ君はとても良い子だとここの皆さんから聞いているよ。」
「でも、俺を置いてちゃったんでしょ?
悪い子だから…」
とにかく泣き叫んでいた記憶しかない。
両親に置いて行かれた…この言葉に子どもの頃の俺は絶望に叩きつけられた。
「まずは君のお家に帰ろう。
お洋服とか取りに行こうか。」
そう言われ、数日ぶりに自分の家に帰った。
必要なものをバッグに詰め、最後に寝室のドアを開けた。
ツンとするような、腐敗したような、変な匂いがしていた。
よく見ると、ベッドに嘔吐をしたような形跡があり、それは自分の枕元にあった。
あの日の夜の事を思い出す。
寝ている時に発作が起きてそのまま嘔吐し、夜道の中両親が俺を療養所へ連れて行ってくれた時の事だ。
また大粒の涙が溢れた。
そっと肩に手を乗せるマスターの温もりが、更に悲しみを募らせる。
「さあ、準備ができたら行くよ。」
「……はい。」
消えるような小さい声で返す事が精一杯だった。
大切な物を詰め込んだバックを抱きしめて養護院へ向かった。
養護院へ到着すると、子どもが何人もいた。
自分より小さい子、少し大きい子、男の子も女の子も広場で遊んでいた。
マスターを見つけるなり皆んなが走り出して囲む。
「おかえりなさい!」
「マスター!後で一緒に遊ぼう!」
子どもたちは楽しそうにマスターへ話しかけていた。
その時、後ろから体格のいい男の子がやって来る。
「おい、あんたも今日からここに住むのか?」
「…あ、うん。
…アルマ…です。」
「ヒョロヒョロで弱っちいなぁ。
お前の父さんと母さんは悪魔に殺されたのか?」
「え?」
「こら!なんてことを言うんだ!!」
マスターが体格の良い子を叱りつける。
ヒョロヒョロとからかわれた事より、悪魔に殺されたと言う言葉が引っかかった。
「だってよ!ここに来るやつは大体そうじゃないか!
俺は生まれた時に捨てられてたんだろ?
アイツと捨てられ同士だったら仲間に入れてやろうかと思ったんだ!」
「どんな事が理由でもここにいる子は皆んな仲間です!
来た理由なんか関係ありません!」
他のスタッフであろう大人に連れ去られながら叫んでいた。
しかし、そんな事が耳に入らないほど悪魔に殺されたと言う事が頭から離れない。
手に汗が滲み、額には汗が流れる。
何も喋らなくなった俺を、マスターは静かに部屋へ案内してくれた。
「あの…マスター…
俺のお父さんとお母さんって…」
「アルマ、あの言葉は忘れよう。
この後はみんなの前で自己紹介をするんだ。
緊張しないでできるかな?」
「だって…だって…
悪魔って…お父さん…お母さん…っ」
「まずは落ち着こう。
大丈夫だから、深呼吸しようか?」
「違うよね?お父さんもお母さんも死んでないよね?
しばらく我慢してたらお迎えに来てくれるんだよね?」
「……」
そう縋る俺の言葉にマスターは何も返してくれなかったと同時に、その反応で両親は悪魔に殺されたのだと理解した。
本当の事が知りたいと何度も何度も頼み込み、出された食事にも手を付けず意地を張っていると、ついにマスターに真実を教えてもらう。
俺が発作を起こして担ぎ込まれた夜、慌てて家を飛び出した両親は寝巻きでお金も家に置いたままだった事に気がついたらしい。
夜が開けるまでいた方が良いとの引き留めを家が近いからと断り、俺を療養所に預けて着替えとお金を持って戻ってくると告げて去った。
そして2度と戻ってくることはなかった。
翌朝発見された両親は、血に染まった寝巻きを着て胸を切り裂かれていたらしい。
その真実を知ってから、何日も眠れないほどに両親が悪魔に殺される悪夢に悩まされた。
頻繁な発作にも襲われ、療養所で過ごす時間がどんどん増えていった。
そんな生活を続けて数年が経ち、久しぶりに帰ったアイビー・ロッジから卒業する子がいると知らされた。
18歳になるとアイビー・ロッジを卒業する事になるため、先々のことを考えなくてはいけなくなる。
そして、その子は卒業と同時に軍に入ると言っていた。
今まで何人か見送って来たが、軍に入ると言ったのは俺の中でその子が初めてだった。
両親を殺した悪魔に復讐をするためだと、力強い声で宣言している姿に俺は胸を打たれた。
いつまでもただ泣いて発作を起こして入院繰り返す弱い人間であるのではなく、自分も悪魔に復讐をしたいと強く思った。
アイビー・ロッジへ来て6年、15歳になって自分の将来を心に決めた。
そして、その時から発作が起こることは一切なくなった。




