21.その心に届かぬ微熱①
ジェムが任務のために街を出たらしい。
任務内容などの内情を漏らしてはいけない規則から、いつも通り何も告げる事なく姿を消していた。
不在に気がついたのは作りすぎたパンを届けに行った時で、任務で家を空ける事は何度もある事だが、帰りを待つ時間に慣れる日は来ないだろう。
とにかく無事に帰って来てほしい…願いはこの一つだけで、毎日空を見上げて祈っていた。
しかし、今回の任務はいつも以上に長く不穏な空気が漂っていた。
どこから情報が漏れたのか、悪魔が集う教会を襲撃するための任務であるとの噂を耳にして更に心配が募っていく。
ひたすら神に祈り続けて数日が経つと、今度は襲撃に成功し何人もの悪魔を倒す事ができたとの朗報が入って来る。
信ぴょう性に不安はあるも、街の中はこの噂で持ちきりだ。
しかし、悪い知らせではない事が不安に思う気持ちをほんの少しだけ落ち着つかせたような気がしていた。
「兵士の兄ちゃんたちが帰ってきたぞ!」
待ち焦がれた言葉を大声で辺りに知らせる商店のおじさんにつられて、周りの人達が見物をしに門の前へ訪れる。
その中には兵士の身内もいるようで、心配そうに家族を探す視線があった。
「悪魔に勝ったんだって??」
「なんだその面は!勝ったならシャキッとしないか!」
「待ってたぞ!お疲れ!」
ヤジを飛ばす声、労わる声、投げかけられる言葉は様々だ。
そんな部隊の帰還を見守る中、ジェムの姿を探すがどこにも見えない。
悪い予感が脳裏をよぎり、心臓の鼓動がどんどんと早くなっていく。
背中に汗が伝い、本部の中へ入って行く兵士を追いかける。
しかし、ただの一般市民が中に入る事は許されず、門扉が閉じられた。
「大丈夫ですか?」
「…えっ?」
頭上から降る声にハッとすると、本部の前でペタンと座り込み泣いていた自分に気がつく。
声をかけてきたのは警備兵だった。
「…ジェムが。
ジェムが居ないみたいなんです…っ!
ジェム…ジェム…」
「…全ての兵士を把握しているわけではないので、ジェムと言う者は分かりませんが、出回っている噂通り今回の任務は成功したと聞いています。
後始末などで部隊を分けて、遅れて帰ってくるなどあるかもしれません。
確かな事ではないですが、一度落ち着いてください。」
泣くことしかできないのに優しく語りかけてくれる声が、逆に痛く感じた。
確証がない事が心を抉り、締め付けるよう。
気がつけば何も記憶がないのに家に帰っており、ぼーっと天井を眺めていた。
そして、帰りを出迎えるために毎日のように街の門とジェムの家を訪れるようになる。
だが待っても待ってもジェムは帰ってこない。
門は固く閉ざされ、家のドアにはいつまでも鍵がかかり、窓枠に置いた花瓶に生けてあった花はとっくに枯れてそのまま。
いつしか、絶対に帰ってくると信じたい気持ちに加えて、もしかしたらと思う気持ちが混在するようになる。
ジェムに限ってそんな事はないと自分に言い聞かせるが、未だ帰ってこないという現実に心も体も弱りきっていた。
食事が喉を通らず、現実から逃れるように門とジェムの家を往復するだけの奇妙な行動の末に倒れてしまう。
数日眠っていたようで、やっと目を覚ました時は笑顔で自分を見つめる母と親友のガレリアが視界に入った。
しかし、何故そんなにも笑顔なのかが分からずに恐怖を抱く。
「ミーナ…ミーナ、よく聞きなさい。
ジェム君が帰ってきたのよ。」
「そう。
だからしっかり目を覚まして。
もう大丈夫だから。」
「…ジェムが…帰って…?」
「うん。帰ってきたのよ。
怪我はしてるけど無事だって。
私たちもつい昨日聞いてね、今は療養所にいるみたいよ。」
「ミーナも早く体調整えて会いに行こう?
ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、この前買ったあの服来てさ。」
「……うん……うん…っ」
ジェムが帰ってきた。
この言葉が、これまでの間で深く抉られた心を一気に満たした。
つい先日までの悲しみの涙とは違う、嬉しさで心が温まる涙が溢れる。
大粒の涙がポタポタと布団を濡らし、ジワジワ広がって行く。
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「カルミナは友達だよ。」
そう呼ぶジェムの声が、少し寂しくも嬉しく思う。
退院をして仲間と一緒に自宅療養をしていると知り、たくさんの見舞い品を抱えて訪問した。
仲良さげに冗談を飛ばして笑い合う姿に安心を覚えるも、久々に再会したジェムは傷だらけでとても痛々しい状態だった。
ニール、ヴァロンと一緒に帰って来る事ができたとのことで、何度も何度もお礼を伝えた。
そして、体の事が気になり問いかけるも、本人はもう大丈夫だと言う。
見た限りだとまだまだゆっくりと休んでほしいと思うのが本音で、通って看病をしたいくらいだ。
それでも3人で助け合って生活ができている事は、心から良かったと感じた。
傷跡からも伝わってくるが、話で聞いた限りでも本当に危ない状態だったのだろう。
それが、今自分と会話をして仲間と笑って過ごしている。
親友であるガレリアもとても心配をしていた。
今日は一緒に来られなかったが、また3人で一緒に話がしたいと思う。
「それじゃあ、皆んなもどうか無理はしないでね。」
名残惜しい気持ちもあるが、やっとジェムと会えただけで心は満たされていた。
まだ完全に回復していないのに自宅まで送り届けようとする3人をどうにか断り、別れの挨拶をする。
「カルミナ、今日はありがとう。
もう心配をかけるような事はしないよ。」
「…うん。
またね。」
最後までミーナとは呼んでもらえなかったな…と寂しさが滲む。
あだ名で呼ぶ事は恥ずかしいのだろうかと疑問が浮かぶが、それを聞いても素直に答えてはくれないだろう。
振り返って駆け寄りたい気持ちをおさえ、再会の嬉しさとほんの少しの切なさを抱えて家路に着く。




