20.待ち焦がれる背中
サリからの呼び出しの連絡を受け取る2日ほど前、ジェムを訪ねて女性がやって来ていた。
「ジェム!無事で本当に良かった!」
「うん、僕も帰って来れてよかったよ。
ありがとう。」
ウェーブがかった柔らかいクリーム色の髪が印象的で、大きな丸い目に涙をいっぱいに溜めている。
どうやら、3人で狩りに出ていた日にも訪れていたようで入れ違いになり、今日やっと会う事ができたとの事だった。
「挨拶が遅れてごめんなさい。
カルミナと言います。
ジェムとは友達で、私もお母さんも無事に帰って来るのをずっと待ってて…」
「いや、いいんだ。
積もる話もあるだろうし、気にしないでくれ。」
「それにしても、こんなに可愛いお嬢さんと仲が良かったんだな、ジェム?」
「ヴァロンうるさい。
カルミナは友達だよ。」
「えっ?あ、う、うん、そうだね。
…ジェムからカルミナなんて呼ばれるなんて、久々でちょっとびっくりしちゃった。」
「ん?
ジェム、普段はあだ名で呼んでるのか?」
「何を恥ずかしがってるんだ。
なんて呼んでるか教えてくれ。」
「ニールもヴァロンもうるさい。
カルミナはカルミナだよ。」
「なに、恥ずかしがる事ないだろう。」
「ミミか?ミーナか?それとも、キャリか?」
「あははっ
普段はミーナって呼んでくれてるんだよね。」
コロコロと笑っているが、その頬はほんのりとピンク色に染まっている。
「可愛らしい呼び名じゃないか。」
「おいジェム、いつものようにミーナって呼んだらどうだ?」
「うるさい、うるさい。
舌引っこ抜いてやろうかな。」
「ふふっ、ジェムはすぐ怒っちゃうからその辺にしてあげて。
…すごく元気そうに見えるけど、辛いところはない?」
「大丈夫。
もう普通に動けるし、痛みもないよ。」
ひと盛り上がりした後、静かにあの時の事を話し出した。
カルミナは、部隊が帰還した日に死者が出ていたとの噂を聞いていたようだった。
ジェムに限ってまさかの事態はないだろうと思っていたが、家を尋ねても不在が続いていて不安が増すばかりの日々だったらしい。
生きている事を信じたい気持ちと、音沙汰のない現実に心を痛め続けていたのだろう。
涙を流していた理由がとてもよく分かった。
「今日は私だけなんだけど、リリーも会いたがってたよ。
皆んな心配してたんだから。」
「そっか、リリーにも心配かけてたんだね。
近いうちにでも会えたら良いな。」
「っ…うん、そうだね。
あ、そうそう、これ家でクッキーを焼いてきたんだけど…
もう少し冷えてからの方が美味しいから、後で皆んなでどうぞ。」
持参してきた包みの中から、可愛らしい形をしたクッキーが出てきた。
家にジェムがいると聞いて慌てて焼いてきたらしく、まだ温かく甘い匂いが広がる。
「あと、これは差し入れ。
色々と食材を見繕ってきたから、たくさん食べて栄養つけてね!」
「カルミナさん、こんなに申し訳ないよ。」
「いいの、いいの!
私からのほんの気持ちよ。」
「ほんのって量じゃないよ…
大きい荷物だなとは思っていたけど、こんなに沢山…」
「ジェムはパンにベーコンを乗せて食べるのが好きって事は知ってるんだけど、ニールさんとヴァロンさんの好みが分からなくて…
同じ物で良かったかしら?」
「ああ、問題ないどころか本当にありがたいよ。」
「こんな大荷物を抱えさせてすまなかった。
ありがたく受け取らせてもらう。」
「本当に気にしないで。
2人だってかなりの深手を負ったって聞いてたもの。
命懸けで戦ってくれている事は知っているけど、だからと言って本当に命をかけてしまっては待っている人が悲しむから…」
「…そうだな。
命の大切さを改めて実感したよ。」
「俺とジェムはニールに助けられなければ今ここにいないからな。
帰りを待つ人がいる事を心に刻もう。」
先ほどのピンク色に染まった頬、ジェムの好きな食べ物を覚えて用意、そして再会時のあの涙。
ジェムは気づいているのか分からないが、カルミナの気持ちに気がついて口元が緩む。
広げられた食材と一緒に、おすすめの調理法が書かれたメモまで丁寧に添えてあり、申し訳ないと思う気持ちと同じくらい、ありがたいとも思った。
「じゃあ、長居するのもお邪魔になるから今日は失礼するね。
ゆっくり休んで。」
「邪魔なんかじゃないさ、
本当にありがたかったよ。
次はこちらから礼をさせてほしい。」
「お礼なんか気にしないで。
むしろ、何か足りない物があったら遠慮なく言って欲しいくらい。
喜んで買い物して届けるから。」
「はははっ
ジェムが欲しそうな物があったらこっそり伝えるよ。」
「ふふっ、是非そうして。」
身支度を整えて外に出るが、送り届けさせてほしいと言っても拒まれる。
可愛らしい見た目とは裏腹に、キッパリと自分の意思を伝えるしっかりとした女性だった。
「ここまでで大丈夫。
それじゃあ、皆んなもどうか無理はしないでね。」
「ああ、気をつけるよ。」
「カルミナ、今日はありがとう。
もう心配をかけるような事はしないよ。」
「…うん。
またね。」
そう言って去っていく時に見せた表情は寂し気で、薄らと涙が浮かんでいるように見えた。
相当な心配をかけ、やっと会えたのにすぐに帰るのは本意ではなかったのだろう。
今は3人で共同生活になっているせいで、2人になる時間を作ってあげる事ができなかった。
悪いことをしてしまったと反省する。
部屋に戻り、もらったクッキーを1つ口に入れる。
サクサクと軽い歯触りがとても良い。
カルミナが家を訪れた時、ジェムの姿を見た瞬間に泣き崩れしばらく治らなかった事を思い出す。
帰りを待つ者の心情を直接聞いたことで、あの日の自分の行動はどれほど愚かなものだったかを再確認した。
街に帰ると皆が心配し、必死に介抱してくれ、ある程度動けるようになっても尚気にかけてくれている。
待つ側の心の痛みはまだ知らないが、与えられる言葉や温かさで少しだけ理解できた気がする。
そして、ふとアインの事が頭に浮かぶ。
アインの家族は、どれだけ待ち焦がれても2度と本人と再開する事はできない。
時期を見て伝えなくてはならない事実は、どれ程の絶望を与えてしまうのか。
ミルクを注いだコップをグッと握り、一気に飲み干した。




