17.光に潜む獣
「暑いな…」
今日も太陽が燦々と照り付け、眩しい光がに照らされた汗が首筋を伝っていく。
1人で家を出て向かった先は街中の商店街だ。
しばらく家を空けて帰ったのだから食べ物は何もなく、食料の買い出しにやってきていた。
しかし、こんなに天気がいいと言うのに街には活気があまり無いような気がした。
数人で固まって立ち話をしている様子が目立ち、食料を吟味するフリをしながら耳を傾ける。
「また悪魔に食われた人が出たんだって?」
「そうらしいよ、若い女性がやられたらしくてさ。
一人暮らしだから誰にも気づかれなくて、数日後に異臭がして発見されたとか。」
「気の毒ねぇ…
若い女の人が腐ってから見つけられるなんて可哀想で仕方ないわ。」
「うちの近所だって悪魔が出た事もあるし、怖くて怖くて。」
「悪魔の教会を制圧したとかで盛り上がってたけど、結局何も変わってないじゃ無いのねぇ。」
「ほんとよ!
いつだって襲われるのは私たち一般市民だもの。
ガチガチに防具つけた兵士には分からないんでしょう。」
聞こえてきたのは数日前に若い女性が悪魔に襲われた事、そして我々兵士への批判だった。
唇を噛み、果物を掴んでいた手に力が入る。
「お客さん!
それ買ってもらわなきゃ困るよ!」
店主の声にハッとして手元を見ると、梨に指が食い込み汁が滴っている。
慌てて謝罪をし、握ってしまった梨を購入した。
更に街を歩いていると、やはり街の話は襲われた女性の話ばかりだった。
なぜ教会を制圧したと言っていたのにたった数日で新たな被害が起こるのかと、軍を批判する声も混ざっており、心が痛む。
教会に全ての悪魔がいるとは限らないが、一時の喜びから突き落とされた絶望が大きいのだろう。
いつだって襲われるのは一般市民…
先ほど書いた言葉が痛いほど頭の中を駆け巡っている。
俺たちだって悪魔と戦い、その果てに命を落とす仲間だっている。
しかし、あの人の言う通り突然現れて突然襲われ、恐怖の果てに食われるのは市民だ。
あの少年…アインの姿が目に焼き付いて離れない。
呼吸が速くなり心臓がドクドクと脈を打っている感覚が気持ちが悪いほど鮮明に伝わってくる。
我々兵士がやるべき事は一つ、悪魔を殺す事なのだと強く強く心に刻む。
安全を守り、市民に安心を与えるはずが、存在に疑問を向けられている。
今この瞬間も兵士たちは街の警備も行なっている…
それでも守りきれないのだから当然の感覚だろう。
命懸けで戦う兵士達も悪魔の手によって大切な人を失っている者が多数いる。
その憎しみで自分を奮い立たせ、厳しい訓練に耐えて目の前の悪魔を殺している事を市民が知る事はない。
複雑な感情を抱きながら、街へ出てきた目的を果たしていく。
両手いっぱいに抱えた食料を持って帰宅すると、ヴァロンとジェムが笑顔で出迎えてくれる。
その顔にホッと安心を覚え、今日の話を伝えようとするが喉まで出かけた言葉を飲み込む。
気分の良くない話をするより、これから先の事を考え計画を立てる方が有意義な時間になると思った。
「ニール、どうした?
元気がないように見えるが。」
「あ、確かに。
ごめんね、買い物任せちゃって。」
「いや、大丈夫だ。
今日は思ったより暑かったから、ちょっと一息ついていただけだよ。」
「それならいいが…
やはり着いて行けばよかったな。」
「ヴァロンなら買い物袋どころかニールを担いで足になれるからね。」
「ははっ
2人は俺より怪我が酷かったんだ。
退院したとはいえ、もう少し休んでからリハビリして行こう。」
「そうだな。
さて、アインの家族についてだが…」
「見つかってはいるんだけど、ご家族がかなり憔悴してるみたいで、今はまだ会えそうにないみたいなんだ。」
「…そうか。
家族が見つかっただけ、まずは良かったよ。
時期を見て話をしに行こう。」
「家族は母親と、アインの兄がいるそうなんだ。
父親も仕事先で悪魔に誘拐されていたみたいで、今回の出来事で体調を崩しているらしい。」
「僕たちの想像以上に辛い事だと思う。
家族が2人もいなくなるなんて。」
アインの骨袋にそっと指を乗せ、優しく滑らせる。
その手を次は強く握り、手のひらには爪の跡が残った。
早く体力を戻し、前線に立ちたい。
悪魔を殺したい。
今の自分では足手纏いにしかならない事は分かっているからこそ、何もできない状態が歯痒くて仕方ない。
窓を見つめながら考えていると、雲の影から現れた太陽が目を刺すように照らした。
チカチカと視線を光らせる眩しさに目を細め、目を守るためにかざした手はとても頼りない。
目に見る体の変化が、今の無力さを物語る。
自分の腕はこんなに細くなかっただろう。
腹もこんなに薄くなかっただろうと、前を向かねばならないのに突き付けられる現実に苦しめられる。
「ニール、剣の手入れでもしないか?」
「僕も今から弓を張り直そうと思ってたから、一緒にやろうよ。」
深く考え込んでいる姿を見透かされていたのか、2人が明るく声をかけてくる。
もう、剣もしばらく振るっていないなと思いながら、誘いに乗った。
久々に鞘から抜いて目にした本体は、錆と刃こぼれで酷い状態になっていた。
これはもう、研ぎ師に依頼しなくては自力で直せるレベルではない。
これ以上悪化しないよう、丁寧に拭いていく。
2人は気を遣ってか、何も聞いてこない。
ただひたすらに手入れを行う音だけが鳴り、心地よさを感じながら時間をかけて隅々まで磨き上げていた。




