15.鈍色の誓い
一面真っ白な壁紙、アルコールのにおい、サラサラとしたリネンに包まれて療養を始めてしばらく経った。
まだ休むよう言われているが、このまま腕が鈍ってしまう事の不安が大きい。
この療養所を仕切っている年配の看護師へ退院を打診したが、一言でピシャリと断られてしまった。
それでも、これからのために早くリハビリをしなくてはと気が焦ってしまう。
「あの…改めて相談が…」
「……ニールさん、退院ならもう少し回復を待ちましょうとお伝えしたはずです。
まだ身体が痛みますよね?」
「そうですが、俺は兵士です。
早く訓練に戻り鍛錬をしなくてはいけません。
……この腕、少し前まではこんなに細くなかった気がするんです。
戦はなくてはいけないのに容赦なく力を失っていく身体を見てられない。」
「療養が長くなれば誰だって筋力は衰えます。
それでも、しっかりと回復をして鍛錬を積めば強くなれます。」
「だとしても、それじゃあ遅いんです…!」
1人の欠けが、絶好の隙を与えてしまう事になる。
次の被害が出てからでは遅い。
あの時の少年、アインの顔が脳裏に浮かび、拳を強く握りしめる。
長い沈黙が続いたあと、年配の看護師が口を開いた。
「……医療に携わる者として、今の状態で退院させる事は望ましくありません。
事実、サリさんからあなた方の事を頼むと任せられています。
ですが、それほどまで強く望むのであればサリさんに許可を得ましょう。
上司の許可がもらえたら退院を認めます。」
口調は優しいが、ものすごい圧を感じる。
…サリ軍隊長の許可を得られれば退院ができるのであれば全力で話をしよう。
すぐに文を書き、話の場を設けてもらえるよう打診した。
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サリが療養所へ現れた時、その空気はとても重苦しく感じた。
無理やり退院しようとしているのだから当然だろう。
「手紙で大体の流れは把握している。
しかし、話によればまだ退院を認められる程に回復はしていないとの事だったが…」
「そ、そうですが、俺たちは早く復帰しなくてはいけません。
悪魔を討つべく、日々の鍛錬に励むはずが大きく遅れをとっています。
教会を制圧するという偉業を成し遂げた今、どのような形で悪魔からの復讐が来るか分からない。
そんな中で守れるはずの人たちを守れない事は兵士としての恥です。
どうか、退院をさせてください。
絶対に無理はしないと誓います。」
「…多くの仲間の命を預かる立場で、負傷している者を復帰させる事を許すと思うのか?」
「っ……」
何も答える事ができず言葉が詰まってしまう。
そんな姿を見て、さらに話を続けていく。
「確かに、悪魔へ甚大な被害を与えた事で報復の可能性がある事ももちろん考えている。
お前の言う通り、1人1人が非常に大きく貴重な戦力だ。
だからこそ、しっかりと療養をして1日でも早く復帰してほしいと思っているのだが、その時間が惜しいと言う事だろう?」
「…はい。
決して無理はしません。
今の状態の自分ができる範囲で少しでも感覚を取り戻したい。
悪魔からの報復があった時、この細くなった腕では剣を振るっても簡単に弾かれてしまうでしょう。
しっかり食べます。しっかり寝ます。しっかり休みます。
だから…」
とにかく思っている事を早口になりながら必死に話す。
その話を聞いているサリの視線は真っ直ぐこちらを見つめていた。
全てを伝え終え、次の言葉を待つがなかなか帰ってこない。
一筋の汗が流れ、更に自分が続けるべきか考えが巡る。
やはり退院は止められてしまうのだろうかと、視線が下を向く。
「……ニール、お前の気持ちはよく分かった。
決して無理はしない、そう言ったな。
その言葉を信じよう。」
小さなため息の後に発せられた予想と反する回答に肩の力が一気に解けた。
やれやれと、年配の看護師が後ろで呆れた顔をしている姿が目に入る。
これまでたくさん世話になり、身体を心配してくれている事は分かっている。
しかし、このままでは居られないのだ。
申し訳ない気持ちもあるが、今は退院できる事が嬉しい。
なんせ、力を取り戻すための体づくりや少年の家族を探す事、行方不明の仲間についてなどやる事が山のようにあるからだ。
「ニール、格好よかったぞ。」
「みんなで帰ろう。
これから忙しくなるね。」
「ああ、2人も付き合ってくれてありがとう。
これからは別々になってしまうのが少し寂しいな。」
そう、この2人とは元々部隊も違う。
教会の襲撃時は、俺が炎から逃げ出す悪魔を仕留め、2人が爆薬などを仕掛けて場を整える役目だった。
これから先、共に戦う事はあれど基本的な行動が違うのだ。
「おい、何言ってるんだ。
俺たちはこれからも3人でと思っていた所だったんだが。」
「どうせ完全復帰にはまだまだ先だしさ、せっかくだし一緒にいたいなーなんて。」
「い、いいのか?
俺は2人と部隊も違ってあまり接点がなかったから…」
「当たり前だ。
それに、救ってもらった恩を何一つ返せていない。」
「僕たちだってもう全く動かないわけじゃないんだ。
少年の家族だって探さなきゃならないんだし、元々接点がないとか関係ないよ。
これだけの時間一緒にいて今更でしょ?」
「…ああ、ありがとう。」
2人からの言葉に心が温まる。
お互いがお互いをサポートし合い、一緒に復帰を目指そうと一致団結する。
これからの事を考える中で、どうせなら誰かの家で共同生活をしようとトントン拍子に話が進んでいつの間にか決定事項とされていた。
必死に生きていた時にふと考えた、椅子にでもだらりと腰掛けながら雑談ができたら…が現実になる日も近いかもしれない。
そして、そんな時間が誰にとっても当たり前となってほしいと、自分がやるべき事を再確認し心を燃やす。




