14.その一口は誰の糧
_________ニールたち3人が帰還してから数日、ある女性が悪魔に襲われる被害が発生した。
「あつっ…」
何となく眠れず、ホットミルクを作って一息ついていた。
白い湯気が顔を包み、少々温めすぎたミルクが舌先をピリッとさせる。
耳からはらりと溢れる髪が邪魔で、適当に括ってからフーフーと冷ます。
やっぱり混ぜた方が早いと、マドラーを取るために席を立ったその時、玄関から何か音が聞こえた。
ドン…ドン…と弱々しい力でドアを叩く音がしている。
何事かと身体に力が入り、音を立てないように玄関に近づいて行く。
「…くれ……
た、たす……くれ……」
ビクッと肩が跳ねる。
力のない男性の声が自宅玄関から聞こえてくるのだ。
覗き穴から様子を伺った先に見えたのは、足を引きずり息も絶え絶えな兵士だった。
街の警備で何度か見かけたことのある、青い髪をした兵士…
助けなくてはと思わず鍵を開けてしまった瞬間、ドアの隙間に兵士の手が力強く捩じ込まれる。
ミシミシとドアが軋むほどの勢いに驚いてドアノブを握る手が離れると、瀕死だったはずの兵士が姿勢良く立ち上がり笑顔を向けた。
「もう、女性が簡単にドアを開けるのは不用心ですよ?
夜は特に気をつけてくださいね。」
「……えっ…
ぁ………は、はい………?」
今、一体何が起こっているのか。
驚きと恐怖で何も考える事ができず、身体が硬直してしまう。
「では、おやすみなさい。」
おやすみ…?
これで終わり…?
助けてと言っていたのは何だったのか。
私は何を試されているのだろうか。
「は、はい……おやすみ…なさい。」
そう返した時、兵士の後ろからこちらへ近づく足音が聞こえた。
スッと避けた兵士の影から現れたのは1人の少年。
「おやすみするのは貴方だけですよ。
ダメじゃないですか、悪魔は死んだ人間を操れるって教わらなかったんですか?」
「…えっ………?」
「とっくに広まってしまっている情報だと思ったんですけどね。」
少年はヘラヘラと話しながら素早く背後に周り、足音が止まった。
そして、静かな部屋にガチャンと玄関のドアを閉める音が響いたと同時に、姿勢良く立っていたはずの兵士から一瞬で力が抜けて崩れ落ちた。
ぴくりとも動かない異様な光景に心臓が跳ねる。
自分の中でドクドクと大きく鼓動を打つ音がうるさい。
「な、なに……なに…これ……」
混乱して後退りをした時、ドンと何かにぶつかった。
そのままズルズルと尻もちをついた視線の先で、自分に重なる影に気がつき上を見上げる。
そこには冷ややかな目で自分を見下げる少年と、その耳元でキラリと光る赤いピアスがあった。
「もう、汚いから触れないでくださいね。
本当に嫌なんですから僕。」
「ぁ…あくま…血……悪魔…っ」
「ん?
ああ、正解です。」
「たすけ…助けてっ
助け…っっ!!!」
「叫ばないでくださいよ。
僕だって痛いんだから。」
助けを求めようと声を上げた女性の頭を力一杯蹴り、体が投げ出される。
床に打ち付けられた顔を上げると、鼻血をたらし恐怖に染まった目をしていた。
そんな視線を気に留めることもなく女性の前に移動した少年が、髪を掴み上げグッと力を入れる。
そのまま頭を後ろに投げ、間髪入れず倒れた女性の胸に短剣を突き刺した。
鋭い切先は女性の胸に容赦なく突き刺さっていく。
白の寝巻きにじわりと滲む血液が真っ赤な薔薇のようだ。
更にグッと押し込み、刃が全て女性の中へ埋めこまれる。
やった…そう思いニヤリと笑みを浮かべたが、ベタリと気持ちの悪い感触に顔が歪む。
何事かと視線を向けると、女性が苦しみに喘ぎながら震える手を動かし、少年の腕を掴んでいた。
「…だから触らないでって言ったじゃないですかっ!」
手を払い、刺した短剣を抜いてもう一度胸に突き刺す。
勢いよく突き刺したナイフは、血飛沫を上げて突き刺さる。
寝巻きは気付けば真っ赤に染まっており、血液を吸って女性の体に沿ってぴたりと張り付いている。
そして、今度こそ動きも声も止まった。
「やっぱ1発で命中はできないですね。
難しいなあ。」
胸を切り開き、心臓を見つめながら独り言を呟く。
身体の中の物を引きずり出し、ひたすら食べ進める。
静かな空間に鳴り響く食事の音が寂しく、一緒に舌鼓を打てる相手がいたらなと感じた。
台所で汚れを落とし、短剣も綺麗に拭きあげる。
身だしなみのチェックをして玄関の方へ身体を向けると、崩れ落ちていた兵士が何事も無かったかのようにムクリと起き上がった。
「それじゃ、行きましょう。」
兵士が玄関の扉を開けると、そのまま2人は暗闇に消えて行った。
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日々消毒をされ交換される包帯、少しずつ引いて行く痣に回復を実感していく。
しかし、負傷をしながらも無理やりに身体を動かしていた生活とは真逆である療養所での生活は、若干息苦しく感じ始めていた。
早く訓練に戻って体力を取り戻さなくては、との焦りの気持ちもあるのだろう。
「夕食の時間になりましたよ。
こちら、ニールさんのお食事です。」
「あ、ありがとうございます。」
テーブルに置かれたトレーには暖かいスープにパン、ボイルされた白身魚と野菜が綺麗に盛り付けられていた。
どうしても帰還途中で食べていた野生動物の肉の味が口内に蘇ってくる。
動きたい、肉が食べたい思いが募って行く。
一方、ヴァロンとジェムにはほとんど形のないペースト状の物が配膳されていた。
未だに食が進まないらしく、とても心配だ。
「食べないと言うのなら、明日から強制的に食べさせましょうか!!
口から管を通して無理にでも栄養を取らせますよ!!」
年配の看護師による叱咤が響き、2人はあんぐりと口を開け顔が青くなっている。
管…
想像しただけで恐ろしくて鳥肌が立つ。
絶対にそうはなりたくないと、1人関係ないのにガツガツと食べ進めて平らげた。
これだけ食べられていれば誰も管など入れるはずがないが、なんせ看護師の迫力が凄まじいのだ…
チラチラと様子を伺いながらスプーンを口に運ぶ2人がとても小さく見える。
腰に手を当て仁王立ちだった看護師がこちらを見たとき、思わず皿を持って完食アピールをしてしまう。
「…あなたの食欲に関しては心配してないですよ。
よく食べていただけて嬉しいです。
おかわりお持ちしましょうか?」
「あはは…
おかわりはぜひ…」
新たに並べられた食事も美味しくいただく。
しかし、あの豪快な食事が忘れられず、物足りないなと感じながら今日も1日を終えた。




