12.ただいまの境界線
どれだけの距離を歩いたのだろう。
いつの間にか森は途切れ、草が避け土が剥き出しの小道が現れ始めた。
人が通っているであろう痕跡を見つけ、思わず足が早まる。
額に流れる汗を拭い、道に沿って歩みを進めて行く。
長い斜面を登り切った時、ついに街の門が視界に入った。
「ついた…やっと…」
「帰って来れたんだな。
本当に俺たちは帰ってきたんだ。」
「久しぶりすぎて自分の街じゃないみたい。
ね、アインも見てご覧。」
「後もう少しだ。
慌てずゆっくり進もう。」
「慌ててたのはニールだろ?
獣道を見つけた途端に早歩きしだして。」
「ははっ
確かに、ニールだけさっさと行っちゃうんだから。
お陰でこっちも急いで着いて来たんだからね。」
「そ、それはすまなかった。
気持ちが焦っていて…」
「分かるさ、俺だって明らかに人の痕跡があったもんで嬉しかったからな。」
「そうそう。
野生化してた僕たちを人間に引き戻してくれたと言うか…」
「ん?おい待て、誰が野生だ。
人間の尊厳は捨ててないぞ。」
「…まあ、このまま森の主にでもなれそうな気がする位には順応できてたと思がな。」
「って事。
アインもそう思うよね?」
「おいおい…」
安堵からの余裕が生まれ、ペースを落として門へ向かって歩いて行く。
近づいて行くと、門番がこちらへ向かって警戒をする様子が見られた。
慌てて3人で手を振り、敵意がない事を知らせる。
こちらを睨むように見回したかと思うと、ハッとした顔をした。
振り向いて大声で仲間に呼びかけ、数人が駆け寄ってくる。
仲間だと気づいていないのかと身体に力が入り、2人が前に出て構える。
しかし、こちらを攻撃するような素振りはなく名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ヴァロン!!ヴァロン!!」
「……!!
そうだ、ヴァロンだ!!俺が分かるのか!?」
駆け寄ってきた1人が息を切らしながらヴァロンの肩に手を置く。
生きてくれていてよかったと、そう何度も繰り返している。
少し遅れて他の兵士も追いついてきて、3人を囲む。
ボロボロな姿を順番に目にすると、顔を歪めて悔しそうな表情を浮かべた。
そして、1人の兵士と目が合うと、ギロリと睨みの視線が向けられた。
「………あ、こんな顔じゃ分からないよな。
見苦しくて申し訳ないんだけど、ニールだよ。」
「ニール…?
あ、ああ!ニールか!
すまない、一瞬誰か分からなかった。
帰ってきてくれた事、みんな喜ぶだろう。」
スッと顔が綻び、再会を喜び合う。
痣だらけ傷だらけの顔じゃ誰か分からなくて当たり前だ。
自分でも気持ちが悪いと思う位なのだからと、つい頬を撫でた。
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仲間が肩を貸してくれ、支えられながら門の前まで辿り着く。
問題なく歩けるから大丈夫だと断ったが、どうしてもと言われてしまえば拒めなかった。
門番のためその場を離れられなかった仲間からも帰還を喜ぶ声に包まれる。
皆があの時に全員で帰還できなかった事を悔やんでいたのだ。
暖かい空気の中、まずは傷の手当が先だとの一声でピタッと止まり、3人は療養所へ連行されて行く。
手隙の仲間を引き連れて訪れた療養所は、中から現れた看護師にピシャリと入室を咎められる。
まあ、当たり前だろう。
俺たちたった3人に対して5人も6人も付き添いがいれば邪魔になってしまう。
圧倒するような凄みで仕事に戻るよう促す年配の看護師に押し負け、見舞いに来るとの言葉を残して去って行く。
ズラリとベッドが並ぶ大部屋へ連れて行かれると、数人の看護師がバタバタと水の入った桶や清潔なタオルを持って走り回っている。
ベッドに座り、もう服と呼んでもいいのかすら躊躇われるほどの布を脱ぐと、薄汚れた身体の下に赤く痛々しい傷が現れた。
身体中の痣もまだまだ赤紫色をしており、やはり自分の身体なのに引いてしまう。
しかし、見た目は痛々しくとも長旅で傷口は塞がって乾いており出血もない。
運のいい事に化膿することも無く、後は治りを待つだけのような状態だ。
あれだけの重傷でもよく食べよく動いていたのだから、我ながら生命力が強いなと感心する。
一方、ヴァロンとジェムはまだまだ生傷のようで、これから縫う事になるらしい。
想像するだけで痛く、なぜか自分の傷も痛むような気がした。
チクチクと縫われて行く様子に顔が歪んでしまう。
2人は天井を見上げて歯を食いしばっていて、やはり痛いようだ。
少し申し訳なく思いながらも、治りが早くてよかったと思ってしまった。
「ニールさんはお顔も相当負傷しておられますね。
さぞ傷んだでしょう。」
「いえ、もうあの時の痛みは忘れました。
今は傷を縫われているあの2人を見ている方が痛いです。」
「お2人ともとてもお強いですよ。
声を上げずに耐えられるなんて珍しいのです。」
そんな話をしながらも、テキパキと全身を拭き、消毒をされ、グルグルと包帯を巻かれる。
打撲、切り傷、擦り傷、火傷で背中まで酷い有様だったらしい。
背中は自分で見ることはできないため気が付かなかった。
あちこちに痛みが走っていて、もうどこが痛いのかすら分からなかったからなと首を捻って確認しようとするが、当たり前に見らことはできなかった。
一通りの治療が終わった時、ヴァロンとジェムはちょうど包帯を巻かれているタイミングだった。
話を聞くと、ヴァロンは足を骨折していたらしい。
そして、2人とも深い傷を負っていた。
無事でいた事が奇跡、そこから徒歩で帰って来れた事も奇跡だと告げる施療手の落ち着くような声のトーンが心に沁みる。
今こうしてベッドの上で身体を休められているのは本当に奇跡だったのだと実感した。
そして、とにかく療養する事が今の仕事だと念を押される。
少し休んだら動きだそうなどと思っていた所を見透かされていたようだ。
苦笑いをし、ゆっくりと横たわる。
風で葉が擦れる音も聞こえず、慣れないアルコールの匂いに包まれる空間は少し窮屈かもしれないと感じた。
これではジェムが野生化してると言っていた事が若干事実かもしれないなと1人で笑う。
笑っても強い痛みが走らなくなった身体は、着実に回復しているのだろうと、自分の状態を痛みで測れてしまう。
それにしても、しっかりと治療をしてもらえて、本当に安心ができる時間が訪れたと思うと、今まで以上に空腹を感じる。
一瞬、今日の狩りは…と考えるも、すぐにここは療養所だったなと思いだす。
ああ、野生化は若干じゃなくて相当だななどと考えている内に、久々の柔らかく沈むベッドの寝心地に意識が薄れていった。




