11.食卓の跡
生きているのだから食事は大切だ。
ひたすらに動き続け、とにかく腹が減る。
身体が正常に機能しており、健康で何よりだと感じる一方で煩わしくも思う。
食べられるものに限りがある今、腹が減っても満足するまで食べることは難しい。
腹を絞るように音を鳴らして訴えられる力があるのなら、足を動かすために使って欲しくらいだ。
手持ちであるものは干し肉と兎肉の残り。
ヴァロンもジェムも、笑顔で口を開いて喋れる余裕も出て来ているのだから、少しくらい食事もできるだろう。
飲み込みやすいよう小さく切り分けて2人に差し出す。
さすがに食べてもらわないと身体が心配なのだが、目の前に置かれた肉をただ見つめている。
「どうした?
これは2人の分だから食べてくれ。」
「食べたい気持ちは山々ではあるんだが…」
「気持ちはあっても、食欲が付いてこないって感じかな…」
「そうか…でも、一口でいいから食べてくれないだろうか。
身体の回復にも、歩く事にもエネルギーが必要な事は2人も分かるだろう?」
そう諭すと、ゆっくりと薄い肉を口に運び咀嚼をし始めた。
何度も何度も噛み、もう形が無いのではと思うほど噛み続けている。
やがてコクンと飲み込んだ事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
「気持ち悪く無いか?大丈夫か?」
「一応、問題なく食べられた。」
「うん、ありがとう。
美味しかったよ。」
「ああ、よかった。
もう少し食べられればいいんだけど…」
「いや、今はやめておこう。
急に食べ過ぎれば本当に気分が悪くなってしまう。」
「徐々にで行こうか。
僕も一旦おしまいで頼むよ。」
「そうか、分かった。
食べられそうならいつでも声をかけてくれ。」
まだまだ腹の余力はあるが、今後のために食べ尽くしてしまわないように気をつける。
簡単な食事を終えると、また歩きだす。
今日の風は心地良く、サラッと髪を撫でていく。
暑すぎることも無く、ジリジリと熱されなくて気分がいい。
もう2歩先へ、もう2歩と思いたくもなるが、暗くなる前に早めに今日の拠点とする場所を探さなくてはいけない。
焚き火の材料や、身を隠せる場所を求めて森の中へ入って行く。
火おこしも水の濾過も慣れたものだ。
この生活が馴染んでくると、少しくらい濁った水でも飲めそうだと感じてしまう位だ。
「おい、その水はまだ汚れているぞ。」
「あ、こらニール。
ちゃんと不純物は取り除かないとお腹壊すよ?」
「喉が渇いてつい…」
濾過が済んだ水に手を伸ばす。
簡単に休憩を終えると、更に森の中へ入っていく。
また優しい風が肌を撫で、心地よさを感じたと同時に違和感を覚えた。
妙なニオイが鼻にまとわりついていて気持ちが悪い。
「2人とも、ちょっと待って」
「ああ、このニオイのことだろう?」
「すこく嫌なニオイだね」
足を止め、周囲を見回す。
しかし、目に見える範囲に異変は起きていない。
警戒をしながら前へ進んで行く。
少し進むと、ニオイが強まった。
そこで確信をした。
これは血のニオイである。
動物の死骸だろうか。
……考えたくはないが、負傷している仲間の可能性もある。
チラッと2人の様子を伺うと、目が合う。
「気になるんだろ?」
「行こうよ。
後からモヤモヤする方が嫌だから。」
「……うん。
ありがとう。」
「礼を言われるような事じゃない。
俺達だって気になってるからな。」
「そうそう。
万が一の事もあるし、しっかり警戒していこう。」
「俺が先頭を進む。
2人は……俺の背中を頼むよ。」
「ああ、任せておけ。」
「うん。安心して。」
先頭に立ち、2人を率いて森の中を捜索する。
どんどんニオイは強くなり、かなり近づいている事を感じる。
血のニオイに釣られて獣が寄る可能性もあり、更に緊張感が高まる。
剣を握る拳に汗が滲む。
しかし、目の前に現れた光景に大きく目を見開き、絶望からフッと力が抜けた。
大きく広がる血溜まりの中、小さな少年が横たわっていたのだ。
汚く食い荒らされている形跡はなく、胸を大きく切り開かれ身体の中の物が外に放り出されている。
一目でわかる。悪魔に食われてしまったのだろう。
目を背けたくなるような惨さを耐え、遺体の側へ向かう。
唇を強く噛み、自分の目でしっかりと少年の姿を捉える。
縦に開かれた身体とは別に、喉も切り裂かれていることが確認できた。
……声が出ないようにされたのだろうな。
家族の目を盗み、周りに助けを求められない状況にさせられた事が予想できる。
そして、一度このような状況を目にし、このまま放っておく事などできるわけがなかった。
火を起こし、小さな身体が火の中へ飲み込まれて行く様子を静かに見つめる。
「どれだけ怖くて、どれだけ痛かったんだろうな。」
「…ああ。
俺たちの想像を絶する痛みだろう。
どうか安らかに眠ってほしい。」
「アイン、次はもっと幸せな世界に生まれてきてね。
悪魔なんていない世界に。」
煙が空高く登り、風が揺らす。
次第に火力も弱まって行き、遺骨と対面する。
「俺たちが君を殺した悪魔を見つけ出そう。
そして、仇を討つ。」
「よく頑張った。
もう辛いことはないからな。」
「安心して眠るんだよ。
本当にお疲れ様。」
まだ熱の籠る遺骨を袋へ収集して行く。
全て集め終えると、ただでさえ小さかった子どもが両手に収まる程、更に小さくなった事に心が痛む。
「さあ、一緒に帰ろう。」
「ちょっと男臭いが、我慢してくれ。
必ず家に送り届ける。」
「みんな一緒だから怖くないよ。
これからよろしくね。」
笑顔で語りかけるも、そこには悲しみの感情が籠っていた。
そして、この少年を家族の元へ連れていかなくてはならないと、何としてでも歩み続ける新たな目的も生まれた。
3人は現場を離れ、予定から大幅に遅れて今日の拠点とする場を探す。
先頭を進むニールの腰からは、小さな靴がぶら下がっている。
少年の火葬をする前、靴に【アイン】と名が書かれている事に気がついた。
遺骨とは別に遺品もあれば家族を探しやすいだろうと思い、脱がせていたものだった。
名前をしっかりと頭に刻み、そっとベルトに結びつけた。
今日は少年に呼ばれていたのだろう。
1人にしないでほしい、家に帰りたいと。
そんな少年の思いも背負い、森を進んでいく。




