第9章 『魔王城突入 ― 闇の門を越えて ―』
夜が明けた。
霧が薄く漂い、光が大地を淡く染める。
風は冷たく、どこか湿っていた。
マダマ・エル一行は丘を下り、魔王城へ向かって歩き出す。
何日も見続けてきた黒い塔が、今は目の前にある。
その巨大な影が、地平線を覆うように伸びていた。
「……ついに来たな。」
マダマが呟くと、誰も返さなかった。
ただ、皆の足取りが自然とゆっくりになる。
> ナレーション:
> 「王都を出てから幾月。
> 戦いと別れ、痛みと希望。
> そのすべてが、今この門へと続いていた。」
⸻
城門は、黒曜石のような質感で出来ていた。
表面は滑らかだが、触れると冷たい震えが伝わってくる。
オモイ・ツカナイが杖を構えて呟く。
「……魔力の流れが逆転してる。
空気そのものが“魔”になってるわ。」
イノリ・セントライトが祈りを唱えるが、
光の魔法は弱々しく、すぐに掻き消えた。
「……光が届かない。」
彼女の声が、少しだけ震えた。
オレガ・マモルが一歩前に出る。
「怯むな。これは“試し”だ。」
キルス・ライムが苦く笑った。
「試しにしては、出題者の性格が悪すぎる。」
マダマが肩をすくめる。
「口が動くうちは安心だな。」
キルス:「うるせぇ、俺は緊張すると喋るタイプなんだよ!」
オモイ:「はいはい、黙る練習もしといてね。」
イノリ:「……皆さん、いつも通りで安心しました。」
少しだけ笑いが起きた。
だがすぐに、風が吹き抜けて笑いを奪った。
その風の音は――まるで、誰かが嗤っているようだった。
⸻
門の前で、マダマが剣を抜く。
金属音が、静寂に響いた。
「――行くぞ。」
オレガ:「盾は前に出す。イノリ、補助を。」
イノリ:「はい。」
オモイ:「魔力障壁を重ねます。」
キルス:「俺、最初に突っ込む係じゃないよな?」
マダマ:「いいから黙ってついてこい!」
マダマが剣を突き立てると、
黒い門が音もなく開いた。
風が吸い込まれ、地面の砂が渦を巻く。
> ナレーション:
> 「開門。
> 世界が軋み、何かが目を覚ます音がした。」
⸻
中は、闇だった。
光を吸い込むような空間。
壁も天井も見えない。
ただ、遠くの方で――何かが蠢く音がした。
イノリ:「……この感じ、嫌な予感しかしません。」
オモイ:「予感、じゃないわ。
これ、“呼ばれてる”。」
マダマ:「呼ばれてる?」
オモイ:「そう。
“ようこそ”って。」
全員の背筋が凍った。
⸻
やがて、足元が震えた。
地面に無数の紋様が浮かび上がり、赤く光る。
イノリが叫ぶ。
「結界です! 魔力が閉じ込められて――!」
マダマ:「全員、散開!」
オレガが盾を構え、オモイが詠唱を始める。
キルスは剣を抜き、目を細めた。
だが、何も起こらない。
風も止み、音も消えた。
沈黙。
その瞬間――
闇の奥から、低い声が響いた。
『……ようやく来たか。勇者。』
マダマの瞳が見開かれた。
「……っ、誰だ!?」
『名乗るほどのものでもない。
ただ、お前らが魔王と呼ぶものだ。』
闇の中、ゆっくりと“それ”が姿を現した。
黒い霧が渦を巻き、形を作る。
獣とも人ともつかぬ、巨大な影。
紅い瞳が、焚き火のように瞬いた。
イノリが呟いた。
「……魔王。」
> ナレーション:
> 「その声を聞いた瞬間、
> 世界が静止した。
> 空気が、重さを持つ。




