第8章 『最後の夜営 ― 焚き火と神の沈黙 ―』
王都を発ってから、すでに数ヶ月が経っていた。
季節が一つ変わるほどの長い道のり。
雨にも打たれ、荒野を越え、数えきれない魔物を退けながら――
勇者マダマ・エル一行は、ついに魔王の城が見える場所まで辿り着いた。
夜の空気は澄んで冷たい。
丘の上に小さな焚き火が燃え、橙の光が五人の顔を照らしていた。
風が吹くたび、草がかすかに揺れる。
マダマは剣の刃を磨きながら、ぼそりと呟く。
「……ここまで、長かったな。」
オレガ・マモルが短く頷いた。
「ああ。だが、まだ終わっちゃいねぇ。」
イノリ・セントライトは手を組み、祈るように焚き火を見つめている。
オモイ・ツカナイは静かに魔法書を閉じ、
キルス・ライムは火の粉を避けながら、小さく笑った。
> ナレーション:
> 「長い旅だった。
> それぞれが何度も倒れ、迷い、それでもここまで歩いてきた。
> その沈黙には、言葉よりも重い絆があった。」
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火がぱちりと弾け、イノリが小さく息を吐いた。
「……こんなに遠くまで来たの、初めてです。」
マダマ:「最初の頃のこと、覚えてるか?」
イノリ:「覚えてます。右も左もわからなくて、
毎晩“もう帰ろう”って思ってました。」
オレガ:「今のあんたからは想像できねぇな。」
イノリ:「人は……強くなれるものですよ。」
オモイ:「奇跡も、回数を重ねると日常になるのね。」
キルス:「俺もだ。
最初は“戦うの怖い”とか言ってたのに、今じゃ……」
マダマ:「いまだに怖がってるけどな。」
「うるせぇ!」
火の粉が舞い、笑いが零れる。
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少しの沈黙の後、イノリがそっと言った。
「……でも、やっぱり怖いです。
明日、誰かがいなくなるかもしれないと思うと。」
マダマは焚き火の明かり越しに彼女を見た。
「大丈夫だ。
誰も欠けねぇ。明日は全員で帰る。」
オレガ:「……その言葉、信じるぜ。」
オモイ:「フラグにはしないでよね。」
キルス:「いや、勇者が言うと不安になるんだけど!」
マダマ:「おいコラ!」
また笑いが広がり、夜風に溶けた。
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火が小さくなり、星がより鮮明に輝き始める。
イノリが祈るように空を見上げた。
「神様。
この旅が、明日で終わりますように。」
キルスが焚き火に木の枝を足しながら、ぽつりと呟いた。
「……終わったら、さ。
みんなでまた集まろうぜ。今度は剣も鎧も置いて。」
オレガ:「それ、いいな。」
オモイ:「行くなら、もう少し平和な場所でお願い。」
マダマ:「俺が焼肉担当で。」
イノリ:「じゃあ、私はお祈り係……いえ、乾杯係にします。」
静かな笑いが重なり、焚き火が優しく揺れた。
> ナレーション:
> 「夜は更けていく。
> 焚き火の光が弱まり、風の音だけが残る。
> けれど、その沈黙は不安ではなく――確かな約束のようだった。」
⸻
そして夜明け。
東の空がかすかに白み始める。
マダマは立ち上がり、剣を握り直した。
「……行こう。」
オレガ:「ああ。」
イノリ:「神が共にありますように。」
キルス:「魔王、風邪引いててくれないかな。」
オモイ:「風邪引くのかな。」
> ナレーション:
> 「こうして、勇者たちは最後の夜を越えた。
> そして、新しい朝が始まる。
> その光の先に、彼らの運命が待っている。」




