第5章 『レベル上げも必要だよね』
風が冷たい。
灰混じりの空気が頬を刺す。
五人の影が岩山を越えて歩いていた。
勇者マダマが地図を覗き込みながら言う。
「……この先に“カノン遺跡”。魔王軍の拠点らしい。」
「“拠点”って言葉がもう不穏だな。」
キルスが肩をすくめる。
「ふん、俺がいれば問題ない。」
タンクのオレガがどっしりと構え、盾を地面に叩きつける。
ゴンッと鳴るたびに地面が揺れる。
「ねぇ、オレガさん。音で敵が寄ってきたらどうするんです?」
「寄ってきたら……殴る。」
「シンプルイズ物騒!」
聖女イノリが困ったように微笑む。
「皆さん、仲が良くて何よりです。」
「戦場でその台詞出す人、初めて見た。」
オモイが淡々と呟く。
ナレーション:
「勇者一行。
彼らのチームワークは完璧――方向性さえ合っていれば。」
⸻
遺跡の中は湿った空気と冷たい石の匂いに包まれていた。
奥から低い振動が響く。
オレガ:「……来る。」
地鳴りが走り、床が裂ける。
黒い巨体。
全身を鉱石の鎧で覆った巨獣――岩獣バロック。
マダマ:「……あれがバロックか。」
キルス:「なんかスライム感あるな。」
「どこにだよ!!」
> ナレーション:
> 「岩獣バロック。
> 地の魔力を喰らう災厄の獣。
> スライムではない。」
⸻
咆哮。
地面が砕け、瓦礫が飛ぶ。
オレガが前に出た。
盾が轟音を立て、拳を受け止める。
「ぐっ……! 重い……!」
マダマ:「耐えろ!」
「……任せろ!」
マダマの剣が閃く。
岩肌に弾かれ、火花が散った。
「効かねぇ!」
オモイ:「地属性。物理はほぼ無駄ね。」
「なら――掘ればいいな!」
「は?」
全員が振り向いた。
キルスが背中の袋からピッケルを取り出す。
「こんなこともあろうかと!!!」
カンッ、カンッ、ガキンッ!
マダマ:「お前……何してんだよ!?」
「掘ってる!!!」
「見りゃ分かるわぁぁぁぁ!!!」
> ナレーション:
> 「勇者一行、戦闘中に採掘を開始。
> 後世の学者たちはこの判断を“悪手”と呼ぶ。」
⸻
その瞬間――バロックの尾が唸りを上げた。
「ん?」
ドゴォォォン!!!
キルスの身体が宙を舞い、
岩壁にめり込み、そのままズルズルと落下。
「ぎゃあああああああ!!!」
マダマ:「そりゃそうなるだろ!!!」
オモイ:「物理的に制裁されたわね。」
イノリ:「キルスさん!? 大丈夫ですか!?」
近づくと、彼の体から薄い光が浮かんでいた――魂。
「ま、待って! 行っちゃダメです!!!」
イノリが両手を合わせ、祈りを捧げる。
「神よ……この人はバカです。でも、まだ死ぬの早いです!!」
「《聖光再生》!!!」
白光が爆ぜ、空間が昼のように輝く。
岩が溶け、風が止まる。
> ナレーション:
> 「発動。
> 死の境界を越えかけた者を強制的に呼び戻す奇跡。
> 治癒・再生・照明・そして軽い美肌効果。
> 神の光は仕事を選ばない。」
⸻
光が収まり、キルスがむくりと起き上がった。
「……俺、生きてる……!?」
マダマ:「生きてるどころか神に呆れられたぞ。」
オモイ:「神、たぶん“やれやれ”って顔してたわ。」
イノリ:「よかったぁ……もう無茶しないでください!」
「うん、わかった。次は掘るタイミング考える!」
「そういう問題じゃねぇ!!!」
⸻
マダマ:「全員、今だ! 一気に決めるぞ!!」
オレガ:「了解。」
オモイ:「援護するわ。」
イノリ:「神様、もう少しだけお願いします!」
キルス:「今度は剣で行く!」
「当然だ!!!」
五人が突撃。
マダマの剣が光を帯び、
「《聖銀の一閃ッ!!》!」
閃光。轟音。
バロックの体が裂け、崩れ落ちた。
⸻
静寂。
粉塵が落ち、風が止む。
マダマ:「……勝ったか。」
イノリ:「はい……!」
オモイ:「死人ゼロ。上出来ね。」
キルス:「あとレア鉱石ゲットだぜ!」
「まだ言うかぁぁぁぁ!!!」
オレガ:「……次からピッケル持ち込み禁止だ。」
「えぇぇぇぇ!?」
> ナレーション:
> 「こうして勇者マダマ・エル一行は、初めての敗北を越えた。
> 命を拾い、鉱石を拾い、そして神の忍耐を削った。」




