第2章 『加護と友情 ― 運命の日 ―』
まぶしい光。
耳の奥で風の音がした。
土と木の匂いが漂う。
気がつくと、そこは小さな田舎の神殿だった。
――15歳の春。
あの日、俺たちは“加護”を授かるために集まっていた。
⸻
「おいキルス、ちゃんと起きろよ!」
軽く背中を叩かれて、キルスはあくびを噛み殺した。
隣には幼なじみのマダマとイノリ。三人は物心ついたころから一緒だ。
「うるせぇな、昨日の夜緊張して寝れなかったんだよ」
「お前が緊張とか、珍しいな」
マダマが笑い、イノリが微笑む。
春の日差しが差し込む石段を登りながら、三人は神殿の奥へと進んでいく。
今日この日、十五歳を迎えた者たちは“加護の儀”を受け、神の祝福を得る。
それは、人生の道を決める特別な日だった。
まぶしい光が差し込む神殿。
十五歳を迎えた少年少女たちが列をなし、順に水晶へ手をかざしていく。
その光景は、村にとって年に一度の一大行事だった。
「次、マダマ・エル!」
呼ばれた少年が一歩前に出る。
掌を水晶に触れた瞬間、まばゆい光が走った。
「おお……勇者だ!」
「勇者が出たぞ!」
歓声が神殿に満ちた。
光の中でマダマは戸惑いながらも微笑んだ。
「……なんか、すげぇことになってんな」
背後でイノリが拍手している。
続いて、彼女の番だ。
「イノリ・セントライト!」
彼女が水晶に触れると、柔らかい光が広がる。
「――加護聖光の癒し」
「僧侶だ!」「癒し手様だ!」
村人たちは再び沸いた。
そして――残ったのは一人。
「……キルス・ライム、前へ。」
神官の声に促され、少年が一歩前に出る。
マダマとイノリが期待の眼差しを向ける。
(勇者、僧侶……次は、俺の番か)
キルスは手を水晶にかざした。
沈黙。
……光が、出ない。
神官が眉をひそめ、再び祈りの言葉を唱える。
微かに水晶が震え、目が眩むような眩い光が灯った。
「……加護スライムハンターEX。」
「…………え?」
場の空気が、固まった。
次の瞬間、ざわめきが走る。
「スライムハンター……?」「聞いたことない……」
「え、スライム? あの、子供でも倒せる……?」
「しかもEXって……何が“特別”なんだ……?」
神官は台本を忘れたように首を傾げている。
⸻
そして――ナレーションが入る。
>説明しよう!
> EX。それは人智を超えた力。
> 歴史の中には《ドラゴンキラーEX》――すべての竜を屠った英雄がいた。
> 《ベヒモスキラーEX》――大地の巨獣を一撃で葬った者もいた。
>
> そう、EXとは“世界の理を超える力”の象徴である!
>
> では――《スライムハンターEX》とは何か!?
> その名の通り、“あらゆるスライムを屠る力”を意味する!
>
> ……ただしスライムは、村の子供でも素手で倒せる生き物である。
(観衆:爆笑)
「お、おい、笑うなよ!」
マダマが慌てて庇うが、すでに遅い。
笑い声が神殿の中で響き渡る。
「EXだってよ!」「最強のスライム殺し様だ!」
「これで村の子供たちは安心だな!」
「スライム絶滅の日も近い!」
キルスは頭をかきながら、引きつった笑みを浮かべる。
「……まぁ、EXってついてるし……なんとか、なる……か?」
マダマは肩を叩いた。
「お前、笑いの神に愛されてるな。」
イノリは泣きそうな顔で言う。
「だ、大丈夫……きっと、特別な力だよ!」
「……おう。」
キルスは無理やり笑ってみせた。
⸻
儀式が終わり、三人は神殿を出た。
外の風は心地よく、桜の花びらが舞っていた。
さっきまでの喧騒が嘘のように静かだ。
「なぁ……勇者と僧侶、そしてスライム狩りって、バランス悪くね?」
マダマが笑いながら言う。
「いいんじゃない。三人揃って最強の……えーと……スライム掃除部隊?」
「やめろぉ!」
三人の笑い声が春風に溶けていった。
――それは、まだ世界の残酷さを知らない頃の、
確かな友情の笑い声だった。




