第15章 『スライムハンターEX』
その名を告げた瞬間、世界が震えた。
空気が軋み、黒が悲鳴を上げる。
神殿を覆っていた闇が波のように退き、
代わりに、白と黒の境界が乱れ始めた。
――《スライムハンターEX》。
その名を聞いた魔王は、一瞬、理解が追いつかなかった。
『……スライム……? 貴様、何を……』
声が揺れた。
それは怒りではなく、“恐怖”だった。
⸻
キルス・ライムは一歩、前に出た。
足音が響く。
それだけで空間が軋む。
風が止まり、空気が揺らぐ。
崩れかけた神殿の残骸が浮かび上がり、
重力が失われていく。
魔王が本能的に後退した。
『……くだらぬ! 虚勢を張るか!』
闇が爆ぜた。
黒炎が地を裂き、
重圧の奔流が、キルスを押し潰そうと襲いかかる。
――だが、届かない。
全ての黒が、キルスの周囲で霧散する。
まるで“存在を拒絶”されたかのように。
⸻
『な、なぜ……効かぬ!? 貴様は人間だろう!!』
キルスは何も答えなかった。
ただ歩く。
崩れた床の上を、まるで大地が彼を避けるかのように、静かに。
魔王が絶叫する。
『理が歪む……法が砕ける……!? 何者だ貴様!!』
その声を、キルスは冷たく切り捨てた。
「さっき言ったろ。スライムハンターEXだ。」
⸻
怒りと恐怖が混ざった叫びが空間を裂く。
魔王が腕を広げ、
黒い翼のような影が背から伸びた。
『ならば――この“世界そのもの”を貴様にぶつけよう!!』
地平が反転する。
空が裏返り、
上下も前後も消え失せる。
重力がねじれ、
熱、氷、腐食、時の奔流――
全ての属性が一斉に爆ぜた。
その中心に、キルスがいた。
⸻
光も闇も、火も氷も、
全てが彼の身体に触れる前に、拒絶される。
肌に風一つ当たらない。
ただ、世界のあらゆる攻撃が、“無意味”のまま消滅していく。
その異常に、魔王の声が震え始めた。
『――な、んだ……何んなんだお前は……!?』
キルスの足が止まる。
「俺はお前の理の中には、いねぇんだよ。」
⸻
魔王が咆哮する。
黒の奔流が凝縮され、巨大な塊となって膨れ上がる。
それは“魔”そのもの。
世界の怨嗟と崩壊の集合体。
『我が理を侵すなァァァァァッ!!!』
放たれた。
空間を破壊しながら、黒い奔流が一直線に走る。
触れたもの全てを消滅させる究極の一撃。
だが、キルスは一歩も動かない。
その黒は、彼の目前で止まり、
音もなく霧となって消えた。
⸻
沈黙。
そして、魔王の瞳に映る“理解不能”。
『……有り得ぬ……』
キルスの声が、静かに響いた。
「これが、“結果”だ。」
剣を構える。
折れていた刃が、光と共に再構築されていく。
白い線が空間を裂き、
世界そのものが震える。
⸻
「今度こそ俺の番だな。」
「これが俺の技だ――喰らえ。」
一瞬の静寂。
キルスが囁く。
「――スライム。」
その言葉とともに、空間が波打った。
魔王の全身が一瞬で液状化し、
闇も輪郭も、すべての存在が“とろけていく”。
そして次の瞬間――
剣が、鞘に戻された。
「カチリ」
乾いた音が響く。
「――キル。」
魔王は悲鳴を上げる間もなく、塵となって崩れ落ちた。
⸻
光が弾けた。
天地を満たした黒が砕け、
残ったのは、眩い白の残光。
やがて光が消えた時――
そこに立っていたのは、キルスただ一人だった。
剣を地に突き立て、静かに息を吐く。
彼の周囲には、傷も影もない。
ただ、“完全なる静寂”。
⸻
> ナレーション:
> 「理の外に生まれ、
> 理を拒み、
> 理を屠る者。
> その加護の名は――《スライムハンターEX》。
> それは、人類史上初めて、“理そのもの”を狩った力だった。」




