第13章 『絶望と覚醒』
神殿を包む黒煙の中、
崩れかけた床を踏みしめる音だけが響いていた。
キルス・ライムはゆっくりと歩み出る。
焦げた石を踏み砕きながら、まるで重力すら拒むような足取りで。
傷は――ない。
あれほどの衝撃を受け、瓦礫に押し潰されていたというのに。
服は裂けていたが、肌には傷一つ残っていなかった。
⸻
魔王がその異様に気づいた。
その瞳の奥――黒い光が、わずかに揺らいだ。
『……貴様、なぜ立てる。』
キルスは答えない。
ただ、右手の剣を構え直した。
刃は欠け、光は失われ、それでも彼の手の中では確かな“意志”を宿していた。
マダマがかすれ声で呟く。
「おい……お前……本当に、生きてんのか……?」
キルスはちらりとも振り返らず、低く息を吐いた。
「死ぬのは、全部終わってからだ。」
⸻
魔王が腕を掲げる。
空気が震え、黒い奔流が放たれる。
だが――それは、届かなかった。
キルスの足元で、黒の波が砕けた。
音もなく、まるで“拒絶”されたかのように。
『……なに……?』
魔王の声に、初めて“焦り”が混ざる。
闇が再び凝縮し、形を変え、槍となって放たれる。
キルスは動かない。
そのまま直撃を受け――闇が霧散した。
⸻
マダマが目を見開く。
「嘘、だろ……」
黒い炎、雷、斬撃。
どれも彼を傷つけない。
ただ光が弾かれるように、何も残らない。
キルスの眼差しは、静かだった。
勝ち誇りも、怒りもない。
ただ――“理解”のない沈黙。
⸻
『人の身で、なぜ抗える……!』
魔王の声が震える。
それは怒りではなく、純粋な困惑だった。
キルスは一歩、また一歩と前に進む。
瓦礫が砕け、黒い靄が足元で逃げる。
「知らねぇよ。」
「ただ――お前が“スライムみたい”だから、効かねぇだけだろ。」
その言葉の意味を、魔王は理解できなかった。
だが確かに、その瞬間――闇が怯えた。
⸻
> ナレーション:
> 「奇跡ではなかった。
> それは、“無価値な加護”と笑われた力。
> 小さな村で、最もどうでもいい祝福。
> ――だが、今。
> この世界でただ一人、魔王の攻撃を受けない者がいた。」
⸻
キルスは剣を持ち替え、肩の力を抜いた。
風が吹き抜け、崩れかけた天井の隙間から光が差し込む。
「……立て、マダマ。」
「俺一人じゃ、世界は救えねぇ。」
勇者が顔を上げる。
その瞳の奥に、再び光が戻った。
⸻
『くだらぬ……ッ!!』
魔王の咆哮が、空間を裂いた。
黒い腕が十重二十重に伸び、神殿全体を覆う。
キルスはその中心で剣を構えた。
足元に魔法陣が浮かび、加護の光が走る。
「来いよ、“魔王”。
――ここからは、こっちのターンだ。」




