第12章 『目覚め』
――熱い。
けれど、痛みはない。
崩れた神殿の奥、瓦礫の下で、キルスはゆっくりと瞼を開いた。
焦げた空気が喉を焼き、肺の奥がひりつく。
視界は霞み、世界がゆっくりと揺れて見えた。
身体を起こすと、肩から血が流れ落ちた。
石の破片が腕に突き刺さり、足元の瓦礫が崩れる。
だが――焼け跡の中で、自分の身体だけが“焦げていない”ことに気づく。
周囲は黒く溶け、壁は崩れ、
魔王の放った黒炎の跡が、まるで地獄の絵画のように広がっていた。
キルスは息を吸う。
鉄と灰の匂いが、肺の中に染みついた。
⸻
視線の先で、勇者マダマが膝をついていた。
聖剣は欠け、彼の腕は血に濡れている。
それでも剣を離さず、前を睨みつけていた。
その前方――
魔王が、静かに歩み出ていた。
黒い影のような体が揺らぎ、形を変えながら、音もなく進む。
オレガの盾は完全に砕け、
彼自身も動かない。
イノリの祈りの光はほとんど消え、
オモイの杖も折れ、彼女の呼吸は浅い。
ただ一人、まだ立っているのはマダマだけだった。
⸻
「……っ」
キルスは手をつき、震える身体を無理やり支える。
足元の瓦礫が崩れ、鉄の匂いが広がった。
膝を立て、立ち上がる。
全身が軋む音を立て、肺の奥で血が滲む。
目の前にあるのは――絶望そのものだった。
魔王の身体がゆっくりと脈打つたび、空気がねじれた。
そのたびに、キルスの腕に刻まれた加護の紋が微かに光を放つ。
彼はそれに気づくが、理由を考える余裕はない。
ただ、心臓の鼓動だけが、はっきりと聞こえていた。
⸻
マダマが剣を構え、叫ぶ。
「――まだ終わってねぇ!」
しかし、その声は掠れていた。
剣先は震え、力は限界に近い。
魔王が腕を伸ばす。
空気が沈み、床の紋様が一瞬で黒く染まる。
キルスは息を呑み、立ち上がりきる。
目を細め、唇を噛む。
「……マダマ……」
その名を呼ぶ声は、かすかに震えていた。
足元の瓦礫を踏みしめ、剣を拾う。
刃は欠け、柄は焦げている。
それでも――構えた。
⸻
> ナレーション:
> 「崩壊の音の中、ただ一人、立ち上がる影があった。
> 神は沈黙し、世界は崩れ、それでも彼は剣を取った。
⸻
瓦礫が崩れ、光が差す。
黒い影と、ひとりの男の足音が交錯する。
キルスは、息を吸った。
そして、ただ一言――低く呟いた。
「……まだ、終わらせねぇよ。」




