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リン・ブラウンを抱えて路地裏を走る。足音と風圧は魔力がある限り消えているので彼女に傷はつかないが、怖いのかがっちりと私の首に縋りついて離れない。声はかけずに一の角を右に曲がり、二の十字路を真っ直ぐ、三の角を左に曲がってすぐさま右に曲がればやっと隠れ家が現れる。
しがみついていた彼女を下ろして家の中に入れてやれば、彼女の母親――エディスがほっとしたように出迎えた。
「お母さん!」
「リン! ごめんね、わたくしのせいで……」
「ううん! 私こそ、何にも考えずにお金がもらえるからって……」
お互いにごめんねごめんねと謝る2人を眺めておく。ふむ、これが親子の会話。参考になる。
そんなことを考えながらしばらく2人の会話を眺めていると壁のタペストリーがぼんやりと光り出す。しまった、早く報告をしないとキレられる。そう思いながらタペストリーの前に立って魔力を流し込む。流れていく魔力はある一つの紋様を露わにし、ちかちかと光り出した。
『ネム、遅い』
「ごめんなさい、罰様。でも親子の再会は大事だと教えてくれやがりましたでしょう。」
『お前のその喋り方は誰に似たんだろうね』
『罰だろ』
『よし表に出ろぶち殺す』
「あ、あの……?」
ぴたりと光の点滅が止まる。このふたりはいつもこうで、周りに誰がいようと構わずに喧嘩をはじめようとする。いつもなら既に無言で殴り合いが始まっているのだが、今回は通信越しであるしそうもいかなかったようだ。
『おっと失礼。そこの金髪がリン・ブラウンで、クリームイエローの方がお母堂のエディス・ブラウンでいいかな?』
「は、はい。……その紋様、もしや裁きの天秤様、それも両天秤様であらせられますか」
両天秤様。エディスが口にした聞き慣れない呼称に首を傾げる。それはリンも同じだったようで、きょとんとしている。タペストリーの光の点滅だけは面白そうにぱちぱちと爆ぜていた。
『エディス・ブラウン、お前よく知っているな』
「……母が、光女神様の巫女でしたので。ある程度の知識は身につけております」
『わーすごい偶然。……うん、やっぱり保護で正解だ。ネム、褒めてあげる』
「ありがとうございます」
よくわからないが褒められている。すごく棒読みだったが素直に受け取っておこう。
しかし、資料で読んだリンの父のことを考えれば母親が光女神様の巫女の系譜とはだいぶ珍しい。いや、むしろ稀であり迫害対象にもなり得る存在だ。よく今まで生きてこれたといっそ感心さえする。レア中のレア、SSRというやつだろう。
そんなことを考えていれば、ふいに手にぬくもりが宿る。リンが不安げな顔でこちらを見たあと、ぺこりと頭を下げた
「助けてくれてありがとうございました。お母さんも、ネムさんが……?」
「どうかネムとお呼びください、リン。代行官として為すべきことを為したまでです。」
私が頭を下げれば、リンはわたわたと不思議な踊りを踊り始める。何かを呼んでいるのだろうかと考えていると、顔を上げてあげなさいと赦様から言葉をかけられた。
『さて、説明をしてやりたいところなんだが……疲れているだろう。今日はもう寝ろ』
『朝の方が都合がいいからね。ネム、ちゃんと他の部屋は綺麗にしてある?』
「はい、ご指示通りに。」
『よし。エディス、リン、興奮して寝付けないだろうけどちゃんと目を閉じるんだよー』
ぷつんと魔力の流れが切れ、紋様の光が消えていく。言いたいことだけ言って通信を切るとは相変わらずである。二人は困惑したままだったので仕方なくその背を押して二人の部屋に連れていく。
「ああ言ったら本当に明日にしか説明してくれません。なので、今夜はおしまいです。」
「……そう、ですね。リン、両天秤様たちが言っていた通り、もう寝ましょう」
「え、あ、うん……?」
部屋のドアを開けて、二人を押し込む。ちゃんと洗濯も掃除もしてあるし、お日様が出てる時に干したふかふかのベッドを堪能すればいい。
「それでは、おやすみなさい。……また明日。」
おやすみなさい、と二つ声が重なって扉が閉まった。それを見届けて私も自分の部屋に入り、格好を崩す。
「……ちょっと疲れました。」
少し無茶をしてしまったせいか、今日は跳ねる元気すらない。ずるずると体を引きずり、ケースに収めて外傷がないかを目視する。今日はなさそうで安心した。
……しかし、両天秤様とは。初めて聞いたな。記憶が確かなら、おふたりがああやって呼ばれるところは見た事がない。それに、光女神様の巫女の系譜はこの世界でも限られた場所にしかいなかったはずだ。闇男神様のことも口にしていた。……エディスは、わざとリンに教えなかったのだろうか。
考えて、考えて、やめる。これ以上考えても疲れるだけだ。もぞもぞと動きながらベッドに潜り込み、力を抜く。形が崩れ、灰色の自分を見てゆっくりと意識を閉ざしていく。
おやすみなさい、また明日。彼女たちの夢が、今日は優しいものでありますように。
明日こそ、私が私になれますように。
ネム:寝るときは○○派。
リン・エディス:すぐに夢の中。エディスだけは知っている。
裁きの天秤:(⌒∇⌒)(⌒∇⌒)




