その傘は永遠に鞄の底
──そろそろかな……来た!
俺は騒ぐ胸を押さえつけるように、すーっと大きく息を吸う。
靴箱がよく見える、階段脇の角。
延々と鳴っていた吹奏楽部のトランペットの音も、もうしない。
タ……タ……タ……。
しばらく雨音しかしていなかった薄暗い廊下に響くのは、心待ちにした小さな足音。
俺はわざと軽く伸びをしながら、角から廊下の方へ歩み出た。
さらりと前髪を揺らして、目を丸くしたアイツが俺に顔を向けた。
「あれ? どうしたの、こんな時間まで」
「あーまあいろいろ」
ダルそうに誤魔化す俺に、アイツが笑った。
「また居残り説教されてたんでしょ。最近多いね。4回目じゃない?」
「うるせー。お前はまた本読んでて時間すっ飛ばしたんだろ」
自分で思ったよりも不機嫌そうな声で言い返してしまって、内心焦る。
居残りなんてさせられたことはない。
上手く誤魔化せているのか、心配で目が泳いだ。
「ピンポーン。名推理だねー…──げ、雨思ったよりすごいなー」
靴を履いて外に出ると、軽く上を見上げてアイツが言う。
──よし、今だ!行け、俺!
平静を装いながら、おもむろに手をカバンに突っ込んだ。
震えそうな声を何とか絞り出す。
「あ……あのさ、俺、傘──」
「じゃーん!!!」
ビシリと固まる俺の目の前に、アイツは満面の笑顔で折り畳み傘を勢いよく出した。
「はいはい、わかってますって。また今日も傘忘れたんでしょ」
「あ……その」
「しょうがないから、優しい私が送ってあげますよ」
「……さんきゅ。助かる」
目を逸らして答えながら、俺は折り畳み傘をカバンの底に押し込んだ。
小さな傘をさしながら、2人でゆっくり歩いていると、アイツが言った。
「あ……明日は雨じゃないけど……また居残りさせられそう?」
「…………俺、ずっと居残りだと思う」
暗くてよかった。
多分俺の顔は、めちゃくちゃに赤くなっていたはずだから。
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