パート7: 名はリリアーナ
戦闘が終わった森の中は、奇妙な静寂に包まれていた。呻き声を上げる男たちと、鳥の声だけが聞こえる。
俺は、地面に座り込んだままの金髪の少女に近づいた。少女は、大きな青い瞳で俺をじっと見上げている。その瞳には、恐怖の色はもう薄れ、代わりに強い驚きと、わずかな好奇心のようなものが浮かんでいた。
「…立てるか?」
ぶっきらぼうに尋ねる。手を差し伸べる、なんて柄じゃない。
少女はこくりと頷くと、震える手足を叱咤するように、ゆっくりと立ち上がった。ドレスは泥まみれで、あちこち破れている。それでも、育ちの良さを感じさせる気品のようなものが漂っていた。
「あ、あの…ありがとうございました。助けていただいて…」
少女は深々と頭を下げた。丁寧な言葉遣い。やはり、ただの村娘などではないのだろう。
「…別に。通りかかっただけだ」
俺はそっけなく答える。礼を言われるのは、どうにもむず痒い。
「俺はフローネだ」
咄嗟に、頭に浮かんだ名前を名乗る。偽名かもしれないが、今はこれでいいだろう。一人称は相変わらず「俺」のままだが、もう今さら変える気も起きなかった。
少女は少し驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して再び頭を下げた。
「フローネ様、ですね。私はリリアーナと申します。リリアーナ・フォン・アストライア…」
(…フォン? ってことは、貴族か。やっぱり面倒なことに首を突っ込んじまったな…)
リリアーナ、と名乗った少女は、俺の顔を窺うように見つめた。
「あの、フローネ様は…一体…? その、凄まじいお力ですが…騎士の方か何かでしょうか?」
「…騎士じゃない。ただの通りすがりだ」
俺は短く答える。自分のことを説明するのは、あまりにも複雑すぎる。
「それより、お前。リリアーナ、だったか」
「は、はい」
「なぜ、あんな奴らに追われていた? 何か知ってるんだろう」
俺が核心を突くと、リリアーナはびくりと肩を震わせ、俯いた。何か言いにくい事情があるようだ。長い金髪が、その表情を隠す。
「それは……」
言い淀むリリアーナ。まあ、無理に聞き出す必要もないか。深入りは禁物だ。
俺は転がっている男たちを一瞥する。気絶している者、痛みに呻いている者。とりあえず、縛っておいた方がいいだろう。
「…こいつら、どうする? お前、もしかして……?」
「い、いえ! そんな! 私はただ…家を…」
リリアーナは慌てて首を横に振った。
「詳しいことは、今は…でも、あの者たちは、私を捕まえようとしていた悪い人たちです」
(…まあ、そうだろうな)
見た目通りの悪党だったようだ。貴族の娘を誘拐でもしようとしていたのか、あるいはもっと別の理由か。
どちらにせよ、長居は無用だ。
俺は近くにあった蔓を引きちぎり、手早く男たちを拘束し始めた。その手際の良さに、リリアーナは再び目を丸くしていた。