パート5: 街道にて - 魔法の片鱗
リルカ村を出て、街道を歩き始めて半日が過ぎた。
森の中とは違い、道は整備されており、格段に歩きやすい。時折、荷馬車を引いた商人や、他の旅人らしき姿ともすれ違う。ようやく、文明世界に足を踏み入れた、という実感があった。
俺は周囲を警戒しながらも、この世界の様子を観察していた。すれ違う人々の服装、持ち物、話している言葉の断片。全てが情報源だ。
リリアーナは、最初は緊張していたようだが、次第に落ち着きを取り戻し、今は俺の少し後ろを黙ってついてきている。時折、俺の背中をじっと見つめている視線を感じるが、気づかないふりをした。
しばらく歩いていると、前方に小さな争いのようなものが起きているのが見えた。
数人の男たちが、一人の老人を取り囲んでいる。どうやら、老人の荷物を奪おうとしている、チンピラか追い剥ぎの類らしい。リルカ村を出て早々、これか。
(…面倒だが、見過ごすわけにもいかんな)
俺が介入しようと一歩踏み出した、その時だった。
「――やめなさい!」
凛とした声と共に、追い剥ぎの一人が、まるで糸が切れた人形のように吹き飛ばされた。
何事か、と俺が目を凝らすと、追い剥ぎと老人の間に、ローブをまとった若い女性が立っていた。手には、杖のようなものを持っている。
「ま、魔法使いか!?」
残りの追い剥ぎたちが怯んだ声を上げる。
ローブの女性は、杖を構え、短い呪文のようなものを唱えた。
「《ウィンド・カッター》!」
すると、杖の先から不可視の刃のようなものが放たれ、別の追い剥ぎの足元を切り裂いた。追い剥ぎは悲鳴を上げて転倒する。
(…あれが、魔法か…!)
俺は初めて見る魔法の行使に、思わず足を止めて見入ってしまった。詠唱が必要で、杖のような触媒を使う。そして、明らかに物理法則を超えた現象を引き起こしている。風の刃…?
残りの追い剥ぎたちは、完全に戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ローブの女性は、ふぅ、と息をつくと、杖を下ろし、老人に優しく声をかけた。
「お爺さん、大丈夫でしたか?」
「お、おお…ありがとうよ、お嬢さん。助かったわい…」
(…なるほどな。ああいう風に使うのか)
魔法の威力は、確かに驚異的だ。遠距離から、不可視の攻撃を繰り出す。俺の格闘技とは、全く異なる体系の力だ。
ローブの女性は、老人を介抱した後、ふとこちらに気づいたようだった。俺とリリアーナの姿を認めると、少し警戒したように杖を握り直した。
「あなたたちは…?」
穏やかだが、芯のある声で尋ねてくる。
俺は前に進み出た。
「フローネだ。旅の者だ。あんたの魔法、見事だったな」
正直な感想を述べる。敵意はないことを示すためだ。
俺の言葉に、ローブの女性は少し意外そうな顔をした。
「…ありがとうございます。私はセレスと申します。見ての通り、駆け出しの魔法使いです」
セレスと名乗った女性は、警戒を少し解いたように微笑んだ。年は、俺(の見た目)より少し上、二十歳前後だろうか。落ち着いた雰囲気の、知的な美人だ。
「フローネ様、リリアーナ様も、この街道を?」
「ああ。レンブラントに向かっている」
「まあ、奇遇ですわね。私もレンブラントへ向かっているのです。もしよろしければ、途中までご一緒しませんか? この辺りも、物騒ですから」
セレスは親しげに提案してきた。
俺は少し考えた。魔法使いと同行する…メリットもデメリットもありそうだ。だが、情報源としては貴重かもしれない。それに、敵意は感じられない。
「…そうだな。世話になる」
リリアーナも、俺の判断に黙って頷いた。
こうして、俺たちの二人旅に、魔法使いセレスが加わることになった。
魔法という、未知の力。それを使う者との出会い。
レンブラントへの道は、ますます退屈しそうにない。俺は、新たな同行者の横顔を盗み見た。




