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第1章 第1話 赤ん坊として目覚めた日

実在の世界と似ているパラレルワールドの世界です。

初めての投稿なので不定期ですが、頑張っていこうと思います。



——光が、見えた。


神崎弘樹はその光の中で目を開けた。目を開けた瞬間、彼は自身がどこにいるのか、何が起こったのか全く理解できなかった。先ほどまでオフィスで新しいプロジェクトの設計図を確認していたはずだ。しかし、目の前に広がるのは馴染みのない天井。重厚な木目が繊細に彫られた天井を見つめ、彼は自分がどこにいるのか理解しようとする。だが身体が動かない。彼は驚愕のうちに自分の小さく柔らかな手足を確認し、次にその小さな体に意識が戻った。


「赤ん坊…?」


視界の端に女性の顔が映った。母親らしき人物が微笑みながら、彼を優しく抱きかかえている。弘樹の心は混乱に包まれた。未来の日本で電気工学のエンジニアとして働いていたはずの自分が、なぜか大正期の日本で赤ん坊として目覚めてしまったのだ。


弘樹が現実に戻り始めたのは、それから数日が経ってからのことだった。この家は間違いなく裕福な家庭であると感じられる。時折目にするお爺様の姿からも、それは窺い知ることができた。彼の祖父は背筋を伸ばし、厳しい目つきで周囲を見渡す軍人であり、その中にも優しさを持ち合わせた立派な人物だった。若き日の彼が日本をいかに支えるべきかを考えていたという話を周りから聞くと、弘樹は自分に課せられた運命を感じ始めた。


この新しい人生で彼が何をすべきなのか、何ができるのか——。


彼の未来に向けた知識を持ち込むことで、この時代の日本を変えられるのではないか。発電やエネルギーの効率的な利用、果ては物質転送の技術まで、彼の知識はまだこの時代には遠い夢であった。しかし、この一族に生まれついたことは、彼にある種の使命感を与え始めていた。祖父から聞く軍の話、国家の未来への展望、それは彼にとって新たな挑戦のようでもあった。


弘樹の母、恵子は、毎日のように彼に愛情を注ぎ、優しく接していた。彼女は若いながらも、その表情には豊かな知恵と経験が漂っている。弘樹は母の声を聞くたびに、どこか懐かしい感情を抱く。彼女の声は、彼が元いた世界の温もりを思い出させるものだった。


「弘樹、お昼ごはんができたわよ。今日は特別にお好み焼きを作ったから、楽しみにしていてね」と、恵子は優しい笑顔を浮かべながら言った。


弘樹は小さな体を動かして、母の方に向かう。彼は自分の意識が赤ん坊の体に乗っかっていることを改めて感じた。動作はぎこちなく、時折自分の指先が思い通りに動かないことに苛立ちを覚えたが、母の優しい目を見ることで、そんな感情は少しずつ癒されていった。


「お母さん、なんでお好み焼きはこんなに美味しいの?」彼は小さな声で聞く。まだ言葉も不完全な赤ん坊の口から出た言葉にもならない声だったが、母はその純粋さに微笑みながら返答する。


「弘樹が大きくなるまでに、もっとたくさんの美味しいものを作ってあげるわよ。お料理はね、愛情がこもっていると、より美味しくなるの。だから、私も弘樹が喜ぶ顔を見るのが楽しみなのよ。」


「うん、愛情…」弘樹はその言葉を繰り返し、心の中で考える。「愛情がこもっているものなら、何でも美味しいのかもしれない。」


彼は母の言葉を大切にしながら、家族との穏やかな日常に自らを溶け込ませていった。日が経つにつれて、彼は母からの教えを素直に受け入れ、その中に未来の知識を織り交ぜていくことを決意した。


ある日の午後、弘樹は座敷で遊んでいると、ふと母の声が耳に入ってきた。彼女は隣の部屋で何かを話している。彼は好奇心に駆られて、静かにその声の方へ近づいて耳を傾けた。


「あなた、弘樹ももう少し大きくなったら、あの子にも教育を施さないといけませんね。国の未来を担う子供たちに、より良い環境を提供しなければなりません。」


「そうだな、恵子。弘樹には我々の知識と技術を受け継がせる必要がある。最近の世の中は変化が激しいから、特に我々の立場としてはしっかりとした教育が求められる。」


父の言葉に、弘樹は心が躍った。彼の未来を考えると、自分の知識がどのように役立つのかが少しずつ見えてきた。家族の期待に応えるためにも、自分はこの新しい時代で何を成し遂げるべきか、そして何を学ぶべきかを考えるのだった。


「お母さん、将来いろんなことを学びたい!そして、この国をもっと良くするために役立ちたい!」彼は心の中で決意し、母にその想いを伝えたいと強く願った。だが、言葉にならない赤ん坊の口からは、ただ甘えた声が漏れるばかりだった。


恵子はその瞬間、弘樹を優しく抱きしめ、彼の未来に期待を寄せる。弘樹はその温もりを感じながら、自身の成長と共に、母の愛情が自身を支えていることを理解し始めた。


日々の中で、弘樹は父の姿を目にすることが多くなった。特に父が、家族や友人たちと政治や経済について熱心に議論している姿は、彼の心に強く印象に残っていた。父のように、他者と協力し合い、社会に貢献する姿を目指したいと思うようになる。


「弘樹、君も大きくなったら、こうして国家のために尽力しなければならないんだ。日本はこれからもっと発展していく。そのためには、君のような若者の力が必要だよ。」ある日、父は弘樹を見つめながらそう語った。


その言葉は、弘樹の心に強く響いた。自分には未来を変える力がある。そのことを信じて、彼は日々の学びを大切にし、少しずつ成長していく決意を固めた。赤ん坊としての彼の体は未熟であっても、その心は確かに未来を見据えていた。弘樹は徐々に周囲の大人たちの動きを観察するようになった。母に抱きかかえられ大阪の街並みを散歩する度に、彼は未来の知識とこの時代の現実を比較し、どの技術をこの国に持ち込むことが最も影響力を持つかを考え始めていた。


弘樹が五歳になったある春の日、祖父に連れられ、街へ出かけることとなった。大阪の活気ある商人街、そして人々の生活の息遣いを彼は全身で感じた。活気に溢れる市場の声、行き交う人々の笑顔、祖父の大きな手に引かれながら見渡す景色はどれも彼にとって新鮮だった。時折聞こえる発電所の計画についての会話も、この時代が未来に向けて少しずつ変わり始めていることを感じさせた。


「弘樹、これはな、大事な場所なんだぞ」


祖父が低い声で囁いた。彼の視線の先には、石造りの建物が堂々とそびえていた。大阪電灯株式会社、これは大阪で新たに建設されたばかりの発電所であった。日本において電力が一般家庭に普及し始めたのは最近のことであり、それだけに大都市での発電所の存在は新時代の象徴だった。


「電気というのは、これからの日本を大きく変える力だ。だからこそ我々はこの技術を守り、正しく使わねばならん」


祖父の言葉を聞き、弘樹は何かが胸の奥で音を立てて動き始めるのを感じた。未来の知識を持つ自分にとって、電力の可能性は無限大だった。しかし、この時代の人々にはその全貌がまだ見えていない。彼は未来で学んだ技術、特に物質を複製する技術を実現し、この国を強く、豊かにするための手助けができるかもしれないと考え始めた。


弘樹は家に戻ると、夜な夜な独りで考えを巡らせるようになった。手元には自分の手のひらほどの小さな紙切れがあり、そこには彼の転生前の知識をもとにした未来の設計図が薄く描かれている。幼い手に鉛筆を握り、少しずつ装置の構造を頭の中で再現しようとしていたが、幼い身体に宿る知識をうまく引き出すのは容易ではなかった。


ある晩、父親が弘樹の部屋を訪れ、彼の側に座った。父は陸軍系の仕事に携わっており、弘樹の未来に多大な期待を寄せていた。彼の父は、弘樹が「尋常ではない好奇心と頭脳」を持つと感じ始めていたのか、息子の成長を静かに見守るようになった。


「弘樹、お前は将来、どんな人間になりたい?」


父の問いかけに、弘樹は幼いながらも自分の胸の奥にある使命感を言葉にしてみようとした。


「…父上、ぼくは、この国をもっと強く、豊かにしたいです。お爺様が言っていたみたいに、電気でこの国の人たちを助けられたらって、そう思います」


その真剣な瞳を見た父は、何かを感じ取ったように小さく頷いた。幼い言葉ながらも、彼の中にはただの好奇心を超えた確固たる決意が宿っていた。転生した自分がこの時代に何を残すべきか、どうやって日本の未来を切り開くべきか、その答えを見出すために彼は少しずつ動き始めていたのだ。


日々が過ぎ、弘樹は六歳を迎えた。彼は学校でも頭脳明晰な少年として徐々に評判を集めていた。周囲の大人たちが不思議がるほどの知識量を持ちながらも、決して驕らず、仲間と協調して学び続ける姿勢を持っていた。彼は常に他人を敬い、協調することを心掛け、学校ではすぐに友人たちの中心となっていった。


そしてある日、家に戻ると、祖父が待っていた。厳格な顔つきながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべている。


「弘樹、お前にはこれからもっと多くのことを学んでもらわねばならん。電力、機械、そして兵站の重要性…すべてがこの国を支える柱となる」


祖父の手に渡されたのは、彼がこの家に代々受け継がれてきたという技術書であった。これは彼の祖先が代々、兵站や技術に対する研究を行ってきた証であり、そこには彼らの知識の積み重ねが詰まっていた。弘樹はその本を抱きしめ、胸の奥に決意を刻み込んだ。弘樹は、その技術書を食い入るように読み始めた。内容は多岐にわたり、電気の基礎から始まり、発電方法、兵站におけるエネルギー供給の重要性、さらには戦場での効率的な資材運搬に至るまで、実に詳細に記されていた。彼はその中で、一際興味を引く一節を見つけた。それは「物質の変換と再構築」に関する内容で、彼が未来の知識で知る「物質転送技術」の概念に非常に近いものであった。


「…これは、できるかもしれない」


彼は本を読み進めるうちに、自分が何をすべきかが少しずつ明確になっていくのを感じた。電力を用いて物質を複製し、必要な資材や装備を効率的に生産できれば、日本の軍事力や経済力が飛躍的に向上するかもしれない。弘樹の心に新たな炎が灯り始めた。



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