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8、

 

「ば、バカな……」


 そう言う町長の声は震えている。


「お前は死んだはずだ!」

「そう、確かに殺されたよ」


 叫びに対応するは、とても落ち着いた声。ぞっとするほどに静かな声で、ドランケは答えた。


「お前に刺されて、ね」


 血の色を宿すのに、氷のように冷たい目が向けられた先。

 それは町長であった。


「これほどに動かぬ証拠はないねえ。死人に口なしなんて言葉あるけれど、死人が証言してくれることほど確実なものはない」


 どこか楽し気に言うのはアルビエン伯爵。

 それに対し声を震わせるのは、町長だ。


「し、死んでなかった、と……?」

「いいや、確かに死んださ。だが生き返った、それだけのこと」

「あれだけ刺して、血を流して、まだ生きてるだって?」

「見ての通りで」


 おどけたような顔で、手を広げてクルンとその場で回るドランケ。それが様になっているのだから、あの情けないドラ男と同一人物とは誰も思わないだろう。


「それにしたって、平然と動けるものなのか?」

「動いてるんだからそうなんだろう。そんなことより、俺の証言をもう一度言うぞ。俺をザクザク刺したのはあんただ、町長」


 言ってドランケは町長を指さした。


「そこに転がってるカルディロンも……過去の犠牲者も、あんたなんだろう?」

「な、なんのことかワシには……」

「まだしらばっくれるか。まあいいさ。なあザカエル」


 そこでドランケはザカエルを見た。


「え?」

「お前は父親が犯人だと知っていたのか?」

「いいえ」


 問いに即答。

 ザカエルは青い顔で首を横に振った。


「知ったのは、つい先ほど……カルディロンを笑って刺してるのを見た瞬間です」

「そこなんだが、なぜ今更町長は家で殺人なんかを?」

「それは……僕らが居ないと思っての油断でしょう」

「というと?」

「昨夜の事件前、この町は物騒だからと、妻の実家に帰るよう言われました。もう子供らも眠っているから明日と言ったのに、今すぐ帰れと聞かなくて……酔ってる父はいつも頑固なんです。仕方なく馬車を出して、妻子を実家に送り届けました。ですが僕は父が心配になって、先ほど帰って来たんです」


 そう言えば、ドクロ伯爵が昨夜町長を見た時、ベロベロに酔ってる町長が居たなと思い出す。

 あの後すぐにザカエル一家を妻の実家に追いやって、ドラ男への犯行に及んだのか。もう少し観察していればその現場に立ち会えたのかと思うと、口惜しいことだ、と伯爵は内心舌打ちをする。


「馬車を返却して、家に戻る前に自警団本部に寄ったら、ドラ男さんが殺されたことを聞きました。それとカルディロンが父に呼び出されたとも聞きました。それで家に帰ったら……父が、カルディロンを……」


 悲痛な顔と声でザカエルはそう言って、父親の顔を……町長を見る。


「止めようとしたら、父が僕に短刀を向けたんです。仕方なく、護身用の短刀を抜いたところで、伯爵が……」

「僕らがやって来た、というわけか」


 そしてドランケもやって来た、と。

 ザカエルの視線の先には、満足げに顎を指で撫でる伯爵。


「うんうん、いいね。証拠も推理もなにもない、現実なんてそんなもの。都合よく証拠があって推理が出来るなんてことはないんだ。そして事件はこうもアッサリと解決するものなんだよ。楽しいねえ」


 楽しいか? とモンドーは思うが、伯爵が楽しいと言うのならそうなのだろう。


「でも楽しくない」


 そう言ってスッと顎から指を話す伯爵は途端に無表情となる。


「それではなんにもつまらないんだよ」


 言って、また一歩町長へと近付いた。


「ち、近付くな! 殺すぞ!」

「そんなつまらない話では小説にもならない。真実は小説よりも奇なり、ありゃあ嘘だね。真実はいつだって小説に負ける」

「な、なにを……」

「だから終わらせる。終わらせよう、ドランケ伯爵」


 足を止めて伯爵は背後を振り返る。

 その視線の先にたたずむドランケは軽く肩をすくめた。


「あんまり美味そうではないがな」

「文句言えた立場かい?」

「たしかに」


 二人にしか分からない会話。二人だけの会話。

 町長が眉をひそめ、「なにを……」と呟いた直後。


 ドランケが、目にも止まらぬ早さで動き、一瞬にして町長の顔を掴む。町長が喉の奥から悲鳴を上げる。


「僕は領主として、町を守る義務がある。そして僕はキミが嫌いだ町長。ならばどうすればいいかなんて、結論は一つ」


 ピッと人差し指を立て、楽し気に伯爵は言う。


「消えてくれ」


 直後。町長の首に牙を突き立てた吸血鬼(バンパイア)ドランケは、ひと言「不味い」とだけ言った。

 

「やれやれ、やっぱり小説こそが至高の世界、僕をワクワクさせてくれるねえ」


 そう言って本を手にする伯爵。今日は冒険小説を読んでいるらしい。

 それをチラリと見てから、優秀な使用人であるモンドーはカチャリとも音を立てずに、紅茶のカップをテーブルに置いた。


「ワインじゃないの?」伯爵の不満げな声に対し「今は昼だろ。昼間っからワイン飲むな」とモンドー。


「手厳しいなあ」


 不満げに言いつつも、カップを手にして伯爵は一口飲んだ。直後の感想は「美味い」の一択だ。

 一気に飲み干してカップを置く。ドカッともたれる先は、これまた普通の椅子。ロッキングチェアではない。

 なにせ今は伯爵邸自慢の中庭で、お茶をしているのだから。


「ふふ、モンドーは優秀ね」

「ありがとうございます、ディアナ様」


 そんな二人の様子を見ていた女性が、クスクス笑って声をかける。伯爵の最愛の女性、ディアナだ。今日は本屋が休みだからと、伯爵邸に遊びに来ている。


「モンドーはディアナには敬意を払うのな」

「俺はいつだって伯爵にも敬意を払ってますよ」

「どうだか」


 シレッと言ってのけるモンドーに肩をすくめて、ブスッとする伯爵。

 同じ紅茶を飲んだディアナが、甘いクッキーに手を伸ばしながら問いかける。


「それで、どうなったの?」


 愛しい恋人からの問いかけに途端に機嫌が直る伯爵は、パッと顔を輝かせ、本をテーブルに置いてディアナの手をとった。


「町長は死んだよ。病死だ」

「病死?」

「ということにしてある」


 つまり、伯爵お得意の記憶操作だ。


「実際は?」

「もちろん、ドラ男の夕飯になっただけのこと」

「あらまあ」

「不味いと文句を言ってたがね」

「……あらまあ」


 町長は干からびて死んだ。その体内に一滴の血も残らず、ミイラとなって。

 だがザカエルはじめ、町人の記憶には病死として残る。

 一つの町を震撼させた連続殺人鬼は、呆気なく病死とい終わりを迎えた。


「どうして町長は人を殺したのかしら?」

「刺激が欲しかったんだと」


 ディアナの問いに答えたのは、伯爵ではない。

 振り返った先にドラ男の姿を認めて、伯爵は目を細めた。


「ドラ男か」

「……ま、昼間はその呼び方を甘んじて受けるとするか」


 そう言って、ガシガシと寝癖のついた髪を乱暴に掻くドラ男。

 モンドーは椅子をすすめてくれないので、自分で用意した椅子にどっかと座る。紅茶は出ない。


「あいつの血が全てを語ってた。とにかく退屈だったんだとさ。町長として順風漫歩な人生を送ってたってのに、なにが退屈なんだか……」

「人はいつも刺激を求めるものさ」

「それが人殺し?」

「町長の場合はそうだったんだろ」


 一体何が町長の精神を歪めたのか知らない。そんなことはどうでもいい、興味なし。結果として町長は殺人鬼になった、ただそれだけのこと。


「ま、これで町に平和が戻った。カルディロン達も安心して本業に戻れるだろう」

「あいつ、マジで頑丈だな」


 顔をしかめるドラ男の脳裏には、複数個所刺されて血をいっぱいに流しながらも、生き延びたカルディロンの姿が浮かんでいることだろう。「鍛えといてよかったです!」と、ムキムキな腕の力こぶを見せつけられた記憶は新しい。


「ザカエルはきっといい町長になるだろう。自警団員の給与も増えるかもね」


 そう言って伯爵は笑う。

 彼の脳裏には、本業を町長とすることに不満を感じつつも、どこか安堵した表情を浮かべていたザカエルが思い出される。


「それに彼は、いい絵を描いてくれるだろう」


 そう言って伯爵が見回す先には、四季折々の花が咲き乱れていた。

 異なる季節に咲くはずの花々が、一度に咲く庭。

 それこそがモンドーのなせる業……と言ってよいのか分からないが、伯爵は気にしない。ディアナもドランケも気にしない。


 永遠の時を生きる者達が、永遠に花が美しく咲き誇る庭で集い。


 短い生を過ごす人の話で盛り上がる。


 今日も伯爵邸は賑やかだ。


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