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6、

 

 仕方なしとばかりに、ドラ男は毎日夜の町、サルビに出かける。さすがに馬車なんて面倒なので、馬での通いだ。

 そして夜通し情報収集や見回りをする。いつしか自警団とも仲良くなり、見回りも効率が良くなってきたとの報告をして、ドラ男は昼に眠りにつく。そしてまた、夜に起きて行動する。

 なんだかんだでよく働くドラ男は、素直なやつなのだ。


 だが犯人も警備が強化されているのに気付き警戒しているのか、はたまた気分ではないだけなのか、次の犯行は一週間経っても半月が過ぎても起こらなかった。

 その間、伯爵は何度か町長の屋敷を訪問する。行きたくないが、ザカエル犯人説を唱える身としては、何もしないわけにもいかないと、渋々だ。


 自警団も警戒し、町の住民も深夜に出歩かなくなった。酒屋は早々に店じまいし、サルビの町の夜はとても静かになった。


 そうして、あっという間に次の満月の日がやって来る。


「やれやれ、またか」


 と言いつつも、伯爵は楽し気だ。恋人ディアナお勧めの本は読み終わったし、なにより現実は小説より奇なり、な状況が楽しくて仕方ない。まるで探偵気分だが、相変わらず推理はなんの裏付けも無いトンチンカン。

 伯爵の様子に呆れるモンドー少年は、けれど口出しもしない。狼少年は鼻が利く。その気になれば犯人なんて簡単に見つかるのにそう命じない伯爵の性格の悪さを、けれど少年は悪いとも思わない。


 伯爵は自由人だから。長く生きる自分達にとって、娯楽は必要だからと言い訳をして、結局は伯爵の好きにさせる。


 理解あるディアナとモンドーが、伯爵は大好きだ。そこに俺は入らないのかとドラ男が嘆く。


「さて、今夜も肩透かしか、それとも……」


 言って伯爵はベッドに潜りこんだ。窓の外には既に大きな満月が輝いている。

 みるみるうちにベッド上のシルエットは小さくなり、モンドー少年が布をめくれば、そこには立派なドクロ。


「やあドクロ伯爵」

「どうも、ウルフ・モンドー」


 いつもの言葉の交わし合いを終えて、ドクロ伯爵はいつも通りに窓辺に置かれた。


「今夜も集会かい?」


 伯爵の問いに、正面に回ったモンドーは首を横に振った。


「今夜は無いよ」

「そうか、それは良かった」


 キミが居れば何かあった時、百人力だからね。そう言って口を閉じる。閉じる唇、ないけれど。

 フウと小さく息を吐き、ドクロ伯爵は同じく無い目を閉じた。


「さて、今宵はどんな夢が見れるかな」


 それは夢ではない。けれどドクロ伯爵にとっては夢のような世界。

 テーブルの上にチョコネンと鎮座するドクロは、今宵もまた広い世界を旅する夢を見るのだ。

 

 いつもなら領地の端、遠方から見ていく伯爵だが、今夜は違う。

 今宵の満月は特別とばかりに、すぐさま隣町……サルビの町へと意識を飛ばした。そしてそれはいつも通りに成功する。


「さて、彼はどこかな……」


 頻繁に通い、すっかり見慣れた町並みを見下ろす。そこに人影はほとんど無かった。見えるのは、自警団の面々。その中にドラ男を認めるが、それは伯爵の捜し人ではない。

 すぐさま視線をめぐらせて、別の場所へと意識を飛ばした。そして到着する。


「ああ、家に居るね」


 目的地は勿論町長の家だ。中に入ったことのある伯爵は、意識もその中へと入れる。見れば町長は酒を飲み、ザカエルは絵を描いている。


「へえ、上手いじゃないか」


 描いてくれと頼んだはいいが、彼の腕前を良く知らない。初めて見るそれに、感動の声を上げる伯爵。


「これならいい仕事してくれそうだ」


 彼が犯人じゃなければね。

 声を出さずにそう言って、視線を巡らせる。

 そばではザカエルの妻が裁縫をしている。少し離れたベッドでは、子供二人がスヤスヤと幸せそうに眠っている。


 隣の部屋にいる町長のほうへと行けば、彼は相変わらずテーブルの上に酒瓶を置いて楽しくやっていた。

 そばには子供用の小さな家具が見える。リバリースの最後の仕事とやらだろう。なるほど、確かに出来がいい。

 一ヶ月も経てば、サルシトも仕事を再開させている。まだ修行中の身だった彼だが、このように腕の良い父のそばにいたのだ、きっと良い職人になるだろう。


 彼が犯人でなければ。


 推理小説が大好きな伯爵にとっては、誰もが怪しく誰もが犯人に見えてくる。

 町長にザカエル、サルシト。それにカルディロンでさえも。

 確実にこいつは違うと思えるのは、今町に居る者の中ではドラ男くらいだろう。


「異常なし、か」


 グルリと見回しているうちに、町長がテーブルに突っ伏して寝てしまった。そこに休憩にきたザカエルが、呆れた様子で父親に話しかけている。彼の妻がタオルケットを持ってくるのが見えた。


(今夜も違うか、それとも──)


 それとも、犯人はやはり別にいるのか。

 分からないまでも、もうこの家に用がないことは分かる。

 もう一度ザカエル達を見てから、ドクロ伯爵は町長宅を出た。


 それから町中を見て回る。念のため、サルシトの家も。彼は家の中にいて、母親と談笑しているのが外から見えた。死んだリバリースの妻も、少し落ち着いてきたようだ。もうすぐ孫が産まれるからか、笑顔が戻ってることに安堵する。


「うーん、今夜も違うか」


 自警団以外の人気(ひとけ)を感じさせない町並みを上から見下ろして、伯爵は呟いた。

 やはり犯人は警戒しているのか。


「仕方ない、他の領地を見て回るか」


 いつものように。そう思って意識を別の町や村に飛ばそうとした、その時だった。


 サルビの町に──夜の町に、悲鳴が響き渡る。


「ドラ男!?」


 その声の主が誰か。聞き覚えのある声に、考える必要もないと、声のしたほうに目を向ける伯爵は、そこで目にするのだった。


 人気のない、けれど大通り。昼間は人で賑わうメインストリート、カップルに人気の噴水前。そこで彼は息絶えていた。

 噴水にもたれかかるように座り込む彼からは、とめどなく血が流れる。その目は虚ろで、命の気配を感じさせなかった。


 なぜ一人になったのか分からない。だが分かることが一つ。


 また、犠牲者が出た。

 ドラ男が殺されたのである。

 

 即座に伯爵は意識を自室へと戻した。

 無い目を開けば、そこには驚いた顔のモンドーが立っていた。背後の満月がやけに大きく感じる。


「伯爵?」

「ああ……ドラ男が殺されたよ」

「そっか」

「そうだ」


 知り合いが一人殺されたというのに、モンドーは驚かない、慌てない。伯爵も落ち着いている。


「これで《《解決する》》かな」

「彼が犯人を見ていればね」


 それは一体どういうことなのか。

 伯爵とモンドーの奇妙な会話。二人だけで納得している世界に踏み込める者はいない。


「まだ時間はあるね。なら他の村でも見に行くかな」


 そう言って、またドクロ伯爵は意識を飛ばし、はるか遠くを見通す。

 こうしてドラ男の死という夜がふけていった。


 そして翌朝、人の姿に戻った伯爵は急ぎサルビの町へと向かう。今日も御者はモンドーだ。


「おはよう」


 自警団本部へと向かえば、そこには人がまばら。カルディロンを筆頭にほとんどの人間が出払っているらしい。


「まだ現場かな?」


 伯爵の問いに、神妙な面持ちの自警団員が頷いた。

 礼を言って伯爵とモンドーは現場へと向かう。何度も通った噴水前の広場、ロープで閉鎖されているのが遠くからでも確認できた。


「入ってもいいかい?」

「これは伯爵様。どうぞどうぞ」


 対応した自警団員は顔なじみで、すぐにロープを持ち上げて入れてくれる。

 現場にはいまだ血の匂いがしていた。振り返れば、しかめっつらのモンドー。鼻がいい彼からすれば、あまり近付きたくない現場だろう。狼の血が騒ぐから。


「大丈夫かい?」

「まあ、なんとか」


 伯爵の問いに肩をすくめて、モンドーは帰ることなく彼に続く。

 夜が明けて直ぐに来たからか、遺体はまだそこにあった。


「これはまた……むごいことを」


 流れる血の量から、かなりの深傷と思っていた。実際には無数の刺し傷があることを、開けられた服の穴の数が物語っている。


「即死かな」

「だろうね」


 問いに答えるのはモンドー。口元を手でおおっていると、カルディロンが駆けて来た。


「伯爵様! ええっと、このたびは……」

「ああ、今はそういうのいいから」


 悔やみの言葉を述べようとするのを手で制して、伯爵はカルディロンを見た。


「犯人は?」

「捕まっていません」

「目撃者は?」

「誰も」

「……そうか」


 伯爵がドラ男の遺体を見つけた時、周囲には誰も居なかった。みな、裏通りを重点的に警備にあたっていたからであろう。


「一人で歩くとは不用心なことを……」

「申し訳ありません」

「キミを責めてるわけじゃないよ。悪いのはこのバカ男だ」


 相変わらず死者になんの感情ももたない伯爵の言葉は、非常に辛辣だ。これが町人(まちびと)とかならまだしも、相手はなんら気遣い不要のドラ男。これが伯爵のドラ男に対する通常運転。

 だがそんなことを知らないカルディロンは驚いた顔で伯爵を見る。それに軽く肩をすくめて、伯爵は遺体の前に(ひざまず)いた。


「服が汚れますよ」

「なに、気にしないさ」


 俺は気にする、俺が洗濯するのだから。血は落ちにくいんだぞ。

 というモンドーの声が聞こえない伯爵はカルディロンに笑みを向けてから、また遺体に向き直った。

 ドラ男の目は開いたままだ。うっすら開いた口からは血が流れ、既に乾いている。地面に流れるおびただしい量の血もまた、乾いてネチャッと粘りが出ている。


「さて」


 まるで話しかけるように、生気のないドラ男の顔を覗き込む伯爵。


「今夜、全て終わらそうか」

「伯爵様?」


 カルディロンの訝し気な問いかけに答えず、伯爵はドラ男に声をかけ続ける。


「見たんだろう?」


 当然だが、遺体は返事もしなければ動きもしない。

 なんの反応もないのに、伯爵は「よし」と満足げに頷いて立ち上がった。


「安心したまえカルディロン」

「え?」

「今夜には事件は片が付く」

「え? えええ? それは一体どういう……?」

「全ては夜に」


 そう言い置いて、現場を後にする伯爵。


「え、探偵さんのご遺体は……?」


 慌てるカルディロンを一度振り返った伯爵は、問いには答えず、「夜に本部に行くからよろしく!」とだけ言い残す。


 ドラ男の素性を知る人物二人──すなわち伯爵とモンドーが遺体を放って帰る様に、呆気にとられるカルディロンであった。


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