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2、

 

「ありがとう。それじゃあ行こうか」


 まくっていた袖を戻し、そのまま外へ出ようとする伯爵をモンドー少年が慌てて止める。


「ちょい待ち、せめて上着くらいは着ていきなよ。町長や自警団長に会ったりするんだろ?」

「今日は暖かいよ?」

「それでも、だ。一応伯爵様だってのに、そんなラフな格好で行っちゃ舐められるぞ?」

「そうかな」


 ブラウス一枚の姿で伯爵が首を傾げれば、「そうだよ!」と強い返事が返って来る。どうにも自身の姿に無頓着な主人に、モンドーはいつも苦労する。


「せっかく見た目はいいんだから、綺麗に着飾って行かないと」

「そんな……昔の貴族じゃないんだから」

「昔も今も、小汚い格好の貴族はいない」


 まるで弟のような存在にビシッと言われては、伯爵はシュンとするしかない。なんだか垂れた犬の耳が見えるようだなとか思いつつ、犬ならぬ狼少年は伯爵の着替えを手伝った。


「これでよし……でいいかな?」


 反応をうかがうように聞いてくる伯爵を、モンドーはジッと見つめる。、

 白のブラウスに茶のベスト、黒のテールコートを羽織って、ズボンはチェック柄。そんな服を着て……というか着せられて黒のハットをかぶれば、どこをどう見ても伯爵は伯爵らしくなる。

 なんだか落ち着かないなと首元をゆるめようとすれば、モンドーの厳しい指導が入ってその手は止まる。


「ああ、まったく……」


 ヤレヤレと言外に呟いて、伯爵は用意された馬車へと乗り込んだ。御者? そんなもの、もちろんモンドーに決まっている。狼少年は馬ととっても仲良しなのだ。


「ハイ!」


 掛け声と同時に馬車がゆっくり動き出した。それは徐々にテンポよく早まり、次第にガラガラとスピードを上げる。レースカーテンの隙間からチラリと外を見れば、あっという間に景色が流れていく。徒歩もいいが、馬車の景色も実は結構好きだったりする伯爵だ。


 街の端に位置する伯爵邸から、馬車はあっという間に街の外へ。何もない街道をひた走る。たまに点在する家を過ぎ、特に問題なく進めばあっという間に馬車は隣町へ。徒歩なら半日かかる距離も馬にかかれば一瞬だ。


 ブルルと馬が鳴き、馬車は町の入り口で止まる。

 ガチャリと扉が開き顔を覗かせるモンドーに、「さすがに早いねえ」と伯爵が言えば、「とーぜん」となぜか得意げな少年。馬が凄いのであってモンドーは凄くないのだが、そんな彼の様子を可愛らしいと、また伯爵は頭を撫でて馬車を降りた。


「さて、と。まずは自警団かな」


 町の雰囲気は普段と大して変わらない……ように見える。だがそんなものは表面上のこと、町民が何を考えているかなんて伯爵には分からない。なじみが多く住んでいる街ならまだしも、このサルビという町は隣とはいえ距離がある。なじみの者は少ない。


 とはいえ連続殺人が起こっているとあって、何度か自警団には顔を出している伯爵だ。そしてこの飄々とした性格もあって、団長とはそれなりに仲良くなっている。あまり顔を合わせることのない、高齢の町長──といっても、伯爵の実年齢からすれば赤子以下なのだけれど──と会うより、親しい団長にまずは会いたいと思うのも当然のこと。


 それに、だ。


「町長は頭が固いからなあ。領主である僕にも詳細を明かしてくれないから、困ったもんだよ」


 というわけだ。


「領主なんて所詮はよそ者ってことなんじゃないの?」

「悲しいねえ。誰よりもこの地に長く住み続けているっていうのに」


 かつてここに町どころか何も無かった頃から、伯爵はこの地に住んでいる。戦争で無くなった町や村もあった。逆に新しいそれが出来るのを見ても来た。栄枯盛衰を伯爵は見てきたのである。今更隠し事をされるのは、悲しいではないかと嘆く。


「俺らが数百年生きてるなんて、誰が信じるよ」

「数百年で、はたして事足りるのかね」

「さあな」


 一体何年生きてるかなんて忘れたとモンドーは肩をすくめる。それに同意とばかりに頷いて、伯爵は歩みを進めた。目指すは自警団本部。


「こんにちは」


 ボロい石造りの建物に入れば、見知った顔がチラホラ。そこへ挨拶をすれば、皆がパッと顔を明るくさせた。

 ──つまり、それまでは暗い顔をしていたということである。


「これは伯爵! お久しぶりですね!」


 そう言って、皆が椅子をすすめてくれるので、礼を言って伯爵は椅子に腰かけた。その背後にモンドーが控える。


「突然どうされたんですか?」


 伯爵の正面に座る茶髪茶眼のいかつい男は、カルディロン。その立派な体躯に相応しく、自警団長を務める。強さと真面目さが、彼を団長にした。


「どうもこうも……昨夜、あったんだろう?」


 なにを、とは言わない。だが団長が息を呑んだことで、言いたいことが伝わったと察せられる。


「もう、ご存知なのですか? 記者連中には箝口令(かんこうれい)を敷いているというのに……」

「なに、ちょっとした情報屋から聞いたんだよ」


 そう言えば、なるほどと納得した様子。伯爵ともなれば、色々なルートを持ってるのだろうと推察したのだろう。それは間違いではない。ただし今回は違う、とは伯爵は言わないが。


「被害者の身元は分かっているのかい?」

「家具屋のリバリースです」


 言われて伯爵は顎を撫でる。記憶を呼び起こそうとするも、思い出されないことからこれまで接点は無かったのだろう。


「年齢は?」

「42歳。妻と22歳の息子がいて、三人で小さな店を営んでいました」

「そうか」

「……息子はもうすぐ結婚予定で、息子嫁と四人の生活を楽しみにしてました」

「そうか。それは気の毒に」

「ちなみに、息子嫁は妊娠してます」

「……」


 さすがにそれに対しては「そうか」などと軽々しく言えない伯爵は、思わず無言になってしまった。


「それは、また……」

「俺は悔しいです!」


 伯爵がどう言ったものかと思案にあぐねていると、待たずにカルディロンはドンッとテーブルを拳で殴った。ビキッとヒビが入る。


「これで一体何件目だ!? 最初は初めての殺人から三ヶ月もあいた。それから徐々に間隔が短くなって、一ヶ月になったと思えば、ついには前回から十日だ! 警戒していたはずなのに、また被害者を出してしまった! なんて情けない!」


 言って団長はテーブルに突っ伏した。更にビキッとテーブルが音を立てる。あ、これはもうすぐ壊れるな、と思ったのは伯爵かモンジーか。

 

「う、ううう……」


 テーブルに突っ伏したまま男泣きするカルディロン。それを冷静な目で伯爵は見つめる。というか、むしろ冷めた目をしている。

 ここが彼と人間の差。

 伯爵は随分と人間くさいが、実際は数百年(数千年?)生きている。つまりは化け物だ。そんな彼に人の心を理解することは難しい。

 彼なりに人を愛している。守りたいと思っている。

 だがその感情と人との間には、越えられぬ壁がある。


(死んでしまったことを嘆いても仕方ないというのに──)


 人を観察することが好きなドクロ伯爵は、だからといって人を理解はできない。もう、人としての感情はとうに無くなってしまったから。

 彼なりの感情はある。愛情もある。

 それでもやはり理解できないことはあるのだ。


 だがここで、「なにが悲しいんだ?」なんて言おうものなら途端に顰蹙を買うことは分かる。理解はできずとも分かるのだ。

 だから彼はあえて悲しそうな顔を作る。


「そう悔やむなカルディロン。お前はよくやってくれているよ」


 そして伯爵は人を励ます。そうすることで人は彼を愛し、彼もまた人を愛せるから。

 ──ただし、死者への情は今もってわかない。しかも知らない人間となればなおのこと。

 それでも、愛する領地の誰かが殺されたという事実に、彼は胸を痛める。死んだ者へではなく、今生きる者が怯えていることに憤りを感じる。


 この複雑な感情を理解しろというほうが無理だろう。


 内心では微塵も悲しんでいない伯爵は、カルディロンの肩にポンと自身の手を置いた。


「約束だ、私が必ずや犯人を見つける」

「は、はぐじゃぐざまあ……」


 伯爵の言葉に涙と鼻水でグシャグシャなカルディロンが顔を上げる。伯爵が、笑顔のままそっと手を離し距離を取ったのを気づいたのはモンドーのみ。

 みながみな、伯爵の言葉に涙した。


「うっうっ……で?」

「え?」


 豪快に涙と鼻水を垂れ流すカルディロンにやや引きながら、なにが「で?」なのかと伯爵は首を傾げる。


「どうやって犯人を見つけるんですかい?」

「ああ」


 そういうことかと頷いて、伯爵は顎に手を当てた。思案する風な様に、自警団の視線が集中する。一体どんな策があるのかと皆がドキドキする中で、「さてどうしようかね」と伯爵が言えば、全員がずっこける。


「なんだい?」

「いや……カッコイイことを仰るので、てっきり何か策があるのかと……」


 つまりは期待外れと言いたいらしい。

 まあ実際には、伯爵には策というか手があるにはある。だがそれを言うわけにはいかないから、この場では誤魔化すしかないのだ。


 実は満月の夜にドクロとなって、色々な場所を自由に見て回れます、なんて言えるわけがない。


 伯爵としては楽しい呪いと能力だが、人にとっては異様で異常であることくらい、伯爵だって理解しているのだから。


(とはいえ、次の満月まで犯人がなにもしないとは思えないな)


 そう考えて、伯爵は顎に手を当てた。またも思案する様に、今度は懐疑的な視線を自警団は向ける。

 期待はずれになってもいいようにと身構えたその時。


「うん、とりあえず知り合いの探偵に調査を依頼してみるかな」


 とパチンと指を鳴らしての発言に、一斉に胸をなでおろすのだった。


「知り合いの探偵? そんな人いましたっけ?」


 コソッと耳打ちで聞いてくるのはモンドー。それにはニコッと笑みを返すだけで名言しない伯爵。小説好きな伯爵は時にこうやってもったいぶるのだ。

 こういう時、相手して考えるのは面倒なモンドーは、いずれ分かるだろうと考えることを放棄する。


 対して放棄しない自警団はワッと一気に活気づく。


「おお、探偵! なんかカッコイイですねえ!」

「俺はこれでも推理物が好きなんだ。くう~、助手にしてくんないかなあ!」

「一気に事件解決なるかあ!?」


 と盛り上がっているのを伯爵はニコニコしながらただ黙って見つめているのだった。

 ややあって、ようやく皆が落ち着いてきたころに、伯爵は静かに問いかける。


「では一度、現場を見せてくれるかい?」


 と。

 ドクロ伯爵の時に見てはいるし場所も知っているが、実際にこの目で見たいと伯爵は希望する。

 きっと現場は封鎖されて入れなくなっているだろう。だが自警団と一緒なら難なく入れる。最初に自警団に来た理由の一つでもあったりする。


「いいですけど、遺体はもうありませんよ」

「そりゃそうだろうね」


 むしろ遺体があったら嫌だと伯爵は思い苦笑する。現場検証が終われば遺体は早々に移動されることくらい分かっていると頷けば、カルディロンも無言で頷いて、「こちらへ」と外へと促した。伯爵とモンドーは黙って従う。


 カルディロンは昨夜確かに伯爵が見た現場へと向かった。

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