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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
17/22

6、

 

 世界が闇に包まれる時刻、空に浮かぶは真円の月。そんな中での「こんにちは」は実に珍妙な挨拶。

 けれど夜を主な行動時間帯とする彼ら──吸血鬼にとっては、それは至極普通なのである。


 ドランケをさらった吸血鬼ブルーノリアは、洞窟の外へと目を向けた。


「やあアーベルン、キミはいつまでも幼いままだね。肉体年齢を上げようとは思わないのかい?」


 ショートな黒髪を払い赤い目を細め、ニコリと無邪気な笑みを浮かべる少年。人ならば15、6歳といった、どこか幼さの残る吸血鬼は肩をすくめる。


「この容姿だと、大概の奴は警戒心を薄めるからね。特に女性には効果的だよ」

「ならもっと幼いほうがいいんじゃないのか?」


 作戦だよと笑う少年吸血鬼を嘲笑うのは、大きな体を揺らす吸血鬼。

 美形ぞろいの中で、その存在は浮いたようにも見える。だが不思議となじんで見えるのは、彼のその体こそが肉体美という美を現わすからか。一部のマニアには羨望の眼差しを向けられているとか。

 ツルンと髪のない頭皮が寒そうだ。

 そんな彼にブルーノリアは笑いかける。


「そう言うダンタスは元気そうだね」

「おかげさんで」


 ニヤリと笑って、ムキッと筋肉を見せつけるポーズをとる。それにブルーノリアは冷たい笑みを返すが、ダンタスは気にしない。美の基準など十人十色だと知っているから。


 未だポーズをとり続けるダンタスから視線を横へとずらすブルーノリア。

 直後、その目は嬉し気に細められた。


「やあエルマシリア、キミは相変わらず美しい」

「ふふ、ありがとう」


 ブルーノリアよりも長く、膝裏まで届こうかという長い黒髪をサラリと流し、妖艶な美女は真っ赤な唇の端を上げる。魅力的な笑みに、ブルーノリアの目はますます細くなる。


「今夜キミたちを呼んだのは他でもない、我らが同胞に関して相談したいことがあってね」

「珍しいわね、あなたが相談なんて」


 エルマシリアが少し驚いたというように、その赤い瞳を開く。


「私一人で決めてよい事ではないと思ったからさ」


 肩をすくめる。


「だがその前に、虫を始末しないとね」

「虫?」


 ここは山奥、虫などあちこちに存在する。それを始末と言うにはおかしな話で、それが意味することに気付いたエルマシリアは、ハッとなって背後を振り返った。と同時に、彼女の耳横でヒュンと風が切る。

 振り返った先には何もない──普通に木々が生い茂っているだけ。だというのに確かに其処に居る気配を感じる。ブルーノリアが放った刃は木に突き刺さったが、確実にその存在の横をかすめているとエルマシリアにも分かった。


 直後、その気配が薄まるのを全ての吸血鬼が悟る。


「逃げれると思うなよ?」


 低い声はダンタスのもの。

 だが彼が何かをしようとするよりも早く、背後から……洞窟から出てきた声が聞こえる。


「アル!」


 その声に、三人の吸血鬼には聞き覚えがあった。「まさか……」と呟いたのは、はたして誰か……それとも三人全員か。

 驚く三人をそっちのけで、ロープを外して走り出てきた吸血鬼──ドランケは叫んだ。


「来るな! これは俺の問題だ!」


 それは一瞬だったが、その一瞬で充分とばかりに気配が消える。ブルーノリアを筆頭とする四人の吸血鬼の意識がそれた瞬間、その何かの気配は消えた。見えなくとも確かにあった気配は、本当の意味で見えなくなったのである。


「逃がしたか……」


 特に焦るふうもなく、ブルーノリアは呟いて、背後を振り返った。ちなみに木に刺さった短剣は少年吸血鬼のアーベルンが回収。トンと軽く地を蹴っただけで、大木の上のほうに刺さったそれを軽々と手にした。

 アーベルンの動きを横目でチラリと見ただけで、興味はないとブルーノリアは自身を睨みつける目を正面から受け止める。


「私が縛ったロープをよく外せましたね」

「ふん、あの程度で俺を拘束できると本気で思ったか?」

「思いませんよ」


 言って地面に落ちるロープの残骸を目にする。


「そもそもあれは外したとは言いませんね」


 長いはずのロープはズタズタに切られていた。つまりは馬鹿力で引きちぎったということか。外すと切るとは大違い。


「引きちぎらないで、もっとスマートにできないんですか?」

「るせえ。そこのダンタスだって、同じようにしただろうよ」


 ドランケが顎をしゃくって指し示す先には、顎をさするマッチョ吸血鬼。その顔は「まあな」と言っているようだ。そちらは興味ないとばかりに、チラリとも見ずにブルーノリアの目はドランケをとらえたまま。


「まあいいでしょう。それでは裁きを始めましょうか」

「その三人が、お前が呼んだ同胞ってか?」

「そうですよ。あなたと因縁深いかたを集めました」

「お前俺と初対面のくせに、よく知ってるな」


 嫌そうな顔をするドランケに対し、ブルーノリアは優雅に笑う。

 美しい笑みを浮かべて、「まあ長生きしてますから」と言うのだった。

 

 ドランケがその少年に出会ったのは大昔の話。それこそアルビエン伯爵と出会うよりもっと昔の話だ。

 当時、ドランケは吸血行為を抑制することなく、空腹になれば行っていた。それもそのはず、当時は今のようにアルビエン伯爵に禁止されてはいなかったのだから。


 吸血行為をするとはいえ、ドランケは昔から変な吸血鬼であることは昔から同じだった。吸血する際に人間の許可を得るという、稀有な吸血鬼。そしてまた、人も受け入れることが多いという、信じられない状況を可能とする吸血鬼であった。


 しかしその日少年が見たものは、信じられない光景。空腹だからと吸血するには、それはあまりに数が多すぎた。そして吸血された者は全て倒れている。その血の気の無さ、ピクリとも動かず呼吸すら止めている存在に、命の灯は見て取れない。


「うわ、血の海じゃないか。気持ち悪いなあ……」


 同じく吸血行為をするくせに、その場に偶然通りかかった少年は顔をしかめた。


「なんだお前」


 ギロリと少年を睨むドランケの瞳は、血よりも赤く染まっている。


「なんだもなにも、僕一応同胞なんだけど」

「俺に仲間なぞおらん。邪魔するならお前も殺すぞ」


 殺す。そう、『殺す』なのだ。

 吸血鬼が欲する血の量は、人が生きていける量。吸われた人間は、しばらくはちょっとばかし貧血になるが、それだけ。本来は干からびて死ぬこともなければ、吸血鬼になることもない。

 だがドランケの周囲に広がるのは地獄だった。最後の一滴まですすられ、血を全てなくした屍の山。


「これ全部あんたが?」

「そうだな」

「駄目だったんだ?」

「……まあな」


 少年吸血鬼の目に咎める光はない。別に人間を餌だなんて思っているからではない。どちらかと言えば少年はむしろ人という存在に好意的だから。

 かと言って悲しむ光もない。ただ、「残念だったね」とその目は語っている。

 全てを知っている少年は、ポンとドランケの肩を叩いた。


 対してドランケは、疲れ切った顔。呆然と横たわる遺体の山を見つめていた。


 酷い病が流行した。それは当時の人間ではどうにもならないもの。ただ苦しみ、死を待つだけの病。

 ドランケに救いを求めたのは、人間のほうだった。人と共にある吸血鬼の彼に、人間は助けを乞うた。そしてドランケは人間を愛していた。なぜと問われても答えようがない。ただそうだっただけのこと。


 人を救いたいと思った彼は、人の血を吸った。悪しき病を吸い出せばと思ったのだ。

 けれどドランケは所詮は吸血鬼。神ではない。病を生み出した神に、ドランケは負けた。

 苦しむ人は、最後には全てを飲み干して欲しいとドランケに乞う。どうせ死ぬならば、あなたの一部にと。


 むごい話だ。ドランケは、吸血した相手の記憶を知る。これだけの人数の記憶を一度に取り込んで、むしろ正常でいられるドランケは凄い。


「どの顔も安らかな顔してらあ。本望だったんじゃないの?」

「なにが本望だ。病に苦しんだ挙句、吸血鬼の俺なんぞに助けを乞うて結局失敗して。そんなんで安らかに眠れるかっての」

「でも幸せそうな顔してるよ」


 ほら、と言って少年吸血鬼は遺体を指し示す。

 それをチラリと見たドランケは「ふん」と言って、立ち上がった。その横に少年──アーベルンは並ぶ。ドランケは何も言わない。

 それからしばらく、ドランケとアーベルンは共に行動する。


* * *


「久しぶり、ドランケ」


 アーベルンが笑顔で手を振る。


「ふん」


 ぶっきらぼうにドランケはそう答える。

 変わらぬ彼の様子に、アーベルンは笑った。


* * *


 ダンタスとの出会いはシンプルだ。

 ドランケがたまたま通りがかった街で、なぜか筋肉の美しさを賭けたマッスル大会が開かれていたのだ。


「俺が勝ったら血を飲ませろやあ!」

「望むところお!」


 決勝まで残った二人の一騎打ち。そして結果は見事人間の勝利。

 負けたダンタスが酒場で人間に酒を奢っていたところに、ワインを飲むべく便乗したのがドランケ。


「なんでお前俺の金で酒飲んでんの?」と聞くダンタスに「俺様だから」と答えたらなぜか気に入られてしまった。


 それからしばらく、ドランケとダンタスは共に行動する。


* * *


「いや、俺との思い出回想、アッサリすぎねえ!?」

「本当のことだろうが」


 怒鳴るダンタスにドランケが返したのは、アッサリした返事だった。


* * *


「あらいい男」


 酒場で一人酒を飲んでいたら、女がそう言ってしなだれかかってきた。ひと目見て女吸血鬼と気付いたドランケは、彼女に冷たい目を向ける。彼は美人な人間は好きだが、女吸血鬼はどれだけ美人でも興味がない。


「悪いが他を当たってくれ」

「あら冷たい」


 普通の人ならば、ゾクリと背筋に走る冷たい物に恐れおののいて、慌てて席を離れるだろう。だが恐いものなしの女吸血鬼は逃げるなんてことしない。

 ドランケの手からワイングラスを奪い取り、迷わずその口に運んだ。


「おい」

「……なんだ、ただの赤ワインじゃない」


 血じゃないのね。暗にその口は言う。ドランケの眉がひそめられるのも気にせず、女は笑った。


「こんな酒場で、人の血を吸うわけないだろ」

「そういうこと、平然としちゃいそうなのにね、あなた」

「俺のイメージを勝手に作るな」


 ただでさえ人が勝手に作り出した吸血鬼のイメージのせいで、最近は肩身狭い思いをしているというのに。


「用が無いならどっか行けよ」

「嫌よ、私あなたが気に入っちゃった」


 ディアナのように気に入った女には相手にされず、なぜか女吸血鬼にはモテるという過去をもつドランケ。ちなみにヘルシアラは既に出会っているし求愛されてもいるが、タイプじゃないので過去の女遍歴に入らない。「入れてよ!」というヘルシアラの声が聞こえた……かもしれない。


 エルマシリアと名乗った女吸血鬼は、以後強引にドランケとの行動を共にする。

 時にヘルシアラと衝突することもあったり、二人してアルビエン伯爵に喧嘩ふっかけたり。仲いいんだか悪いんだかを繰り返す関係に、ドランケもそこそこ楽しい時間を過ごした。


 けして甘い展開はなかったけれど。


 そしてそれらは、既に遠い過去のことである。


* * *


「会えて嬉しいわ、ドランケ」


 美女の美しい笑みに、けれどドランケは素っ気ない。


「俺は別に嬉しくないね」

「相変わらずつれないんだから」


 冷たい態度に傷つくどころか気にする様子もなく、エルマシリアはクスリと笑う。


「ねえ、今世のヘルちゃんには会った?」ヘルちゃんとはヘルシアラのことだ。地獄(ヘル)のことではない。

「お前にゃ関係ねーよ」

「ふふ、その反応は会ったのね。彼女相変わらず? 元気してた?」


 繰り返される問いに、ドランケは憮然とした表情を崩さない。


「また会いたいわあ……」


 そう言って細められる目に、剣呑な光を浮かばせてドランケは女吸血鬼を睨んだ。


「あいつに近付くな」

「別にあなたのものじゃないでしょ?」

「……今度あいつを殺そうとしたら容赦はせん」


 アーベルンやダンタスはもちろん、ブルーノリアに対してでさえ出さない殺気。

 それをエルマシリアに、思い切りドランケはぶつけるのだった。


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