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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
16/22

5、

 

 《《それ》》を最初に見てのヘルシアラが出した第一声は「うわ」だった。ついで「最悪」「グロ」である。


「文句は言いっこなしの約束だろう?」

「そんな約束した覚えはございません」


 実に勝手なことを言う吸血鬼ハンターによる発言に、アルビエン伯爵──もとい、ドクロ伯爵は深々と溜め息をついた。

 偶然とは恐ろしいもので、今宵は満月。ドクロ伯爵の出番である。

 アルビエン伯爵に呪いがかけられたのはそれほど遠い昔ではない。それゆえ転生して再会したばかりのヘルシアラは、伯爵のドクロ姿を初めて目にする。そして至極女子らしい反応を見せたのだ。……いや、普通の女性なら悲鳴あげるだろ、というモンドーの心の声が聞こえたかどうか。


「なんなのこの異常現象は」

「だから呪いだってば」

「その呪いをかけたやつは、百回死ねばいい」

「なら一回目は今夜死んでもらおう。協力やめていいかい?」


 伯爵の呪いは色々あってドランケが原因。それを知らないヘルシアラは、見えない元凶を呪うかのような剣呑な目で吐き捨てるように言えば、苦笑する気配を漂わせて伯爵が返す。

 途端に少女の動きは止まる。


「……呪い、ドランケがかけたの?」

「奴が元凶だよ」


 問いに答えたのはモンドー。頷く様子にカキンと固まるヘルシアラ。

 少しの間を置いて、「さすがドランケ! やることが普通じゃないわ!」と褒めのスタイルに変更。気持ちいいくらいの手の平返しだ。


「その元凶を探す協力をしようってのに、最悪とか言われることが最悪だねえ」


 ぼやくように言うドクロ伯爵の頭骨をヒョイと持ち上げ、モンドーはいつものように窓際のテーブルに置く。

 カーテンは全開、伯爵の無い目の前には、満月。


「ドランケのおかげであちこち見て回れるんでしょ? そんな凄い能力授けてくれたドランケに感謝して、頑張ってドランケ探してね!」


 調子のいいことを言う少女にまたため息をつく。


「やれやれ、しょうがない。さっさと終わらせていつもの領地視察といきますか」


 そう言って伯爵は意識を集中させる。途端に意識が飛ぶのを感じた。


「じゃ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


 答えたのはモンドー。ヘルシアラはいつでも出れるようにと、ハンター用品の手入れをいそいそと始めている。

 それをもう苦笑することもなく、ドクロ伯爵は外へと意識を向けた。

 さて、今宵目にするはどんな夢か。

 ドクロ伯爵の優雅なのかどうかよくわからない夜が始まる。


* * *


 ところ変わって、とある場所とある山奥の、とある洞窟の中。

 そこでロープに縛られた状態で、憮然とした表情の男が一人。

 肩にかかるかどうかの黒髪がサラリと揺れると同時に、細められた赤い瞳の奥では苛立ちが見え隠れ。

 尖った耳以上に鋭さを持つ牙。

 そして口をつくのは、「あー腹減った、モンドーの飯が食いてえ」である。


 言わずもがなのドランケだ。


「吸血鬼のくせに、食事するのですか?」


 言葉の内容に眉宇を潜めるは、同じく黒髪に赤い瞳と牙を持ち、小麦肌のドランケとは真逆の真白な肌をもつ男。ドランケを攫った吸血鬼である。

 名をブルーノリアと名乗ったっけかと、ドランケはボンヤリ思う。


「まったく、あなたは自分が吸血鬼である自覚があるんでしょうか?」

「そりゃあるだろ」

「どうだか。吸血しない吸血鬼なんて聞いたことありませんよ」

「それはお前の経験不足ってやつだ」

「口が減りませんね」

「口は元から一つしかねえよ」

「……」


 ああ言えばこう言う、というドランケの態度に、けれどブルーノリアは苛立つ様子もない。感情が読み取れない、冷めた目をし続けるのみ。それでもこの会話は無駄だと思ったのだろう、不意に黙り込む。

 そうなれば、ドランケはまた物思いにふけるだけのこと。


(ここはどの辺だ──?)


 抵抗する間もなく攫われたのは一瞬。

 気付けばあっという間に山の中で、迷うことない足取りでブルーノリアはドランケをこの洞窟へと連れて来た。


 おそらくはデイサムの街からそう遠くないはず。あの街へは初めて来たと言っていたのを思い出す。ここを拠点として、獲物を探す算段だったのだろうかと、キョロと洞窟内を見回した。


「武器になるような物はありませんから」

「そんなもの探してねえよ」


 あったとしても、必要ない。とは心の声。余計なことを言うのが好きなドランケは、けれど親しくもない相手には言うべきことの判断がつくらしい。

 その声に気付いたかどうかはともかく、目を細めて楽し気にブルーノリアは笑う。まるで人形のように、感情のない笑み……そんなものをドランケは初めて目にした。そしてそれの不愉快さを知る。


 楽し気に吸血鬼は話す。「もうすぐ愛すべき我らが同胞がやって来ますよ」と。「俺にはそんなもの居ない」とドランケが興味なさげに言っても、ブルーノリアはクスクス笑う。


「ふふふ、楽しみですねえ。彼らと会うのは私も数十年ぶりなのですが、まさか再会の場で同胞を裁くことになろうとは」

「俺には裁かれる理由なんぞないぞ」

「吸血しない吸血鬼の存在なぞ、許されるはずもないでしょう?」

「そんなの俺の勝手だ」

「では別の理由を述べましょう。ハンターと仲良しこよしなんてこと、許されるとお思いで?」

「……」


 今度はドランケが黙り込む番。

 吸血鬼とハンターの関係なんて、人狼以上に悪いに決まっている。というより、仲良くなんて天地がひっくり返っても有り得ない。それが普通。


(普通なんて、クソくらえ)


 心の中で毒づく。

 それが結局のところ、ハンターであるところの少女、ヘルシアラの存在を受け入れていること。気に入っていること。

 はたしてドランケは、それに気づいているのかどうか。


 そして気付く前に、声がする。


「こんにちは」


 洞窟の外から聞こえた声に、ブルーノリアと同時にドランケも顔を向けるのだった。


* * *


 世の中に、太く先が鋭く尖った杭を鼻歌まじりに喜々として手入れする少女が、どれだけ居るだろう。多くないというか、彼女以外は皆無と思いたい。

 うわあ……という目で見るのはモンドー。鼻歌歌って、サンザシで出来た杭をキュッキュと音が聞こえそうな感じで拭くのはヘルシアラ。そんな物どこに持ってたんだとツッコミたいくらいに大きなそれを、モンドーは見なかったことにする。


「紅茶でも飲む?」

「ん~、聖水の残量確認したら飲む」


 教会でもどこでも平気で行くドランケをふと思い出し、その聖水に効果はあるのか? と首を傾げるモンドー。

 だがこと吸血鬼退治において、彼女ほどに長く携わっているハンターは居ないであろう。ならばそちらに関しては素人な自分がすべき質問ではないだろうと、問いを呑み込む。

 ヘルシアラはドランケ以外の吸血鬼に興味ないので、本当に聖水の効果があるのか、彼女も知っているのか怪しいのだけれど。


 とりあえずは飲むという返事があったので、お茶とお菓子の用意でもと部屋を出ようとした時だった。モンドーの耳に、伯爵の「いた」という声が届く。


「伯爵?」


 意識が完全に飛んでいる伯爵に話しかけたところで、声は彼に届かない。なのに話しかけたのは、伯爵が声を出したから。本来であればそれすらできるはずないというのに、なぜか伯爵は声を出したのである。

 つまりは意識が戻ったということか? と、思わずモンドーは問いかけたのだ。


 だがやはり伯爵からはなんの返答もない。

 まあそういうこともあるだろうと軽く流して、今度こそモンドーは調理場へと向かった。ヘルシアラは聖水の確認後、短剣の刃こぼれチェックを始めている。


 だからというわけでもなく、とにかく二人は知らない気付かない。

 ドクロ伯爵が見る夢が一体どういったものであるのかを。


 彼の目に、複数の吸血鬼が映ることを、まだ二人は知る由も無いのだ。


 その状況をなんと表現して良いのか、ドクロ伯爵には分からない。だが分かることが一つある。

 領土内のとある山の奥地にある、とある洞窟。その入り口前に三人の男女が立っているのだけれど……


(彼らは全て吸血鬼だ)


 その容姿を見て、直ぐに気付く。なんとなしに真正面から見るのは避けた方が良いと上方から見てはいるが、それでも三人の人らしくない容姿は際立っている。

 夜の暗闇の中でも輝きを放つ美しい黒髪、髪から見える耳は尖り、会話をしているのか開く口元にはキラリと牙が見え隠れ。


 なにより、夜の闇に浮かぶその真っ赤な瞳が印象的。

 ドランケにはその輝きがない。吸血頻度が極端に低い彼には、その輝きは滅多と存在しないのだ。


 ランランと輝く赤い瞳が動き、どうやらその視線の先にはもう一人居るらしい。洞窟の中に入るか、三人と同様の目線にならねば見えないその存在。


 確認すべきか、しないべきか。

 悩んで伯爵は後者を選ぶ。

 とにもかくにも侵入者である吸血鬼は発見した。おそらくドラ男は洞窟の中だろう。憶測ではあるが、多分外れてないだろうし、ドラ男のためにわざわざ危険を冒す必要もあるまい。ヘルシアラにはうまく言っておこう。


 どうにもドランケのこととなると適当となるのがドクロ伯爵。

 よし、任務は終えたと意識を他の地へと向けかけたその時。


 ヒュンと風が切る音がした。それは耳をかすめる──気がした。

 ドクロ伯爵に耳は存在しない。ドクロにポッカリ開いた穴はあるけれど。

 そもそも今は意識を飛ばして、誰にも見えない状態のはず。だというのに、それは確かに的確にドクロ伯爵を狙っていた。


 伯爵の視線の先には、深々と木に突き刺さった刃。


 それを確認して、彼は振り返る。その先には──


(あれが、四人目の吸血鬼……おそらくはドラ男をさらった……)


 揺れる長い黒髪が顔にかかるのも気にせず、誰よりもひときわ赤く輝くその目をこちらに向けるその人物。吸血鬼。

 見たことはない、だがそれでも伯爵には分かる。


(彼は強いな)


 瞬時にその実力を把握する。

 強大な能力を感じさせる吸血鬼と対峙する、姿がないはずの伯爵の意識。

 確かに見えてるぞという吸血鬼と睨み合って数秒……直後にその男はドンと体に衝撃を受けて、横によろけた。途端にはずされる視線。


 ここらが頃合いと、意識を飛ばそうとしたまさにその瞬間。


「アル!」


 ドラ男の声がした。

 その呼び方をするのは許さないと過去に言ったぞとばかりに睨めば、やはり見えないはずなのに睨み返してくるドラ男と目が合った。

 その目が切羽詰まっているのに気付き、しばし待てばドラ男は叫ぶ。


「来るな! これは俺の問題だ!」


 それを最後に伯爵の意識は飛ぶ。遠い地へと。領土内で視察すべきと考えていた場所へと飛んだ伯爵は、そうして深々と溜め息をついた。


「やれやれ……言われずとも、だよ」


 そう発したのは、ドクロ伯爵かアルビエン伯爵か。


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