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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
13/22

2、

 

 短い濃紺の髪をもつ声の主は、目にかかる前髪を乱暴にかき上げる。そこから覗く瞳には、夜の闇のような漆黒が広がっていた。

 色白な肌には整った顔立ちが乗る。一見すれば美少年。けれどそうでないことを、ドランケはよく知っている。


「なんだよ、ヘルシアラか」


 その名が、声の主が女性であることを物語る。

 ドランケが良く知る女性は、彼がパンパンと体のゴミを払う姿を前に、顔をしかめた。


「あなた、クサイわよ……」

「自分で突き飛ばしておきながら、それはひどくないか?」


 よし行くぞと気合いを入れようとしたドランケを、突き飛ばした張本人。その人にクサイと言われては凹むというもの。


「まさかあんな簡単に吹き飛ぶと思わなかったんだもの」

「まさかゴミ山に吹き飛ばされると思わなかった」


 なぜか非難めいたことを言われては、反論したくなるというもの。

 まさか、まさか、の応酬に、最初に溜め息をついたのはドランケだった。ヘルシアラという女性に何を言ったところで、結局は自分が悪いんだで終わることを知っているから。


(彼女は相も変わらず子供っぽい……)


 見た目年齢16、7といったところのヘルシアラの中身は、若いという印象を裏切らない。

 もう《《何度も転生を繰り返し、何度も大往生している》》くせに。


(ディアナとは大違いだ)


 経緯は異なるが、目の前の少女もまたアルビエン伯爵の手によって、記憶をもったまま転生を繰り返している。

 そのことに関してはなんとも思わない。伯爵がやったことにドランケが異を唱えることはないから。

 ただ、めんどくさいなとは思う。


 伯爵もモンドーもそしてドランケも、ディアナとは異なりヘルシアラを積極的に探すことはしない。ディアナに対しては責任が……とか言ってるくせに、ヘルシアラには責任が生じないのか? とも思うが、余計なことを言って伯爵の怒りを買うのはよろしくないので黙っている。


 そもそも、ドランケはできればヘルシアラに関わりたくないと思っているのだ。それは彼女の職業に関係する。


 できれば出会いたくなかったなあ……と考えていたら、そんな彼の顔をジッと覗き込む少女。その視線の強さに、あ、嫌な予感がすると思った直後。


「ドランケ、あなた血の匂いがする」


 嫌な予感ほど当たるなと、星空を見上げるドランケであった。

 そんな彼の様子に、ますます目の光を強め、細める少女。


「吸血行為、したわね!」


 鼻に刺さりそうな勢いで、指を突き付けられて思わずドランケの目がより目になる。

 返答に窮していると、指がパッと離れ、彼女の手は腰にぶら下げられている剣へと向かった。グリップを握りしめ、ヘルシアラが睨む。


「答えなさい、ドランケ!」

「……あーまあ……ちょこっと吸った」


 言うが早いか、ドランケの眼前を風が横切る。目にも止まらぬ早さ、風のごとき抜刀とはこのことか。

 ヘルシアラの手によって抜き放たれた剣が、ヒュッという音と共にドランケの前髪を数本切り落とした。


「おい、危ないだろ」


 言葉とは裏腹に、上半身を少し逸らしただけで刃を避けたドランケが、余裕をもって言う。


「あたしはあたしの使命を果たすまでよ!」

「お前、相変わらずなのか?」

「そうよ!」


 言って、返す刀で今度は胴体めがけて剣が横一線に払われる。だがこれもドランケはひょいと軽くジャンプして避けた。


「なんで、転生するたびに同じ職業を選ぶかねえ……」

「これがあたしの天職だから!」


 文句あっか! と言われれば、文句しかないと言い返したいところだが、そんなことを言えば少女がますますムキになるのが分かる。

 だからドランケはボンと音を立てて、コウモリへと変身するのだ。


「ちょ、逃げるの!?」

「お前の相手をしてたら、夜があっという間に終わっちまう」

「待ちなさい、今夜こそその命に引導渡してやるんだから!」

「そりゃ困る」


 言って、バササ……と羽ばたき音を残して、ドランケはその場を後にするのだった。


「もー! また逃げられたあ!」


 何度も転生して、何度もドランケを追いかける。

 伯爵が彼女を探そうとしないのは、ディアナと違って想い人ではないというのも理由の一つ。だがそれ以上に、探す必要がないから探さないのだ。


 伯爵の気まぐれで転生を繰り返す少女の仕事は、吸血鬼ハンター。

 そしてヘルシアラはドランケに恋してる。


 恋する少女のパワーは計り知れず、何度生まれ変わっても彼女はハンターになった。そうすることでドランケの情報を手に入れやすくするためだ。

 結果、どの生でも彼女は現れる。伯爵……というより、ドランケの前に必ず現れるのだ。


 永遠の時を生きるアルビエン伯爵は、退屈が大嫌い。

 ドラ男に恋する珍しい少女の存在も、また伯爵の人生を面白おかしくするスパイス。


 伯爵の気まぐれで転生し続ける少女は、今夜もまた愛する男に逃げられるのだった。


* * *

 

「もおおおお!」

「牛か」

「牛じゃないわよ!」


 大きな伯爵邸の見事な庭に、設置されたるはテーブルセット。その椅子の一つに腰かけ、今まさにテーブルに突っ伏している短髪少女。濃紺の髪を持つ少女は、説明不要の吸血鬼ハンターである。ちなみに盛大な溜め息と共に出た叫びに、牛かとツッコミを入れたのはアルビエン伯爵だ。死ぬことのない伯爵は、命知らずなツッコミも平然といける。


 ガバッと顔を上げれば、ヘルシアラの額は見事に真っ赤。それを気にすることなく、涙目で伯爵を睨む。


「ちょっと伯爵、あの男いい加減どうにかしてよ!」

「それは僕の役目ではないだろう?」


 むしろそんなことをしようものなら、怒るじゃないか。

 暗にそう言えば、ムスッとしながらも無言になる少女に伯爵は苦笑する。


 今世でも再会を果たした少女は、ようやく見つけた想い人──つまりはドラ男に逃げられて、いたくご立腹の様子。

 いや、少女が怒っている理由は他にもあるのだ。


「聞いた話によると、ドランケが久々に吸血行為したのは、伯爵の指示があったからですって?」

「それは一体どこから聞いた話なんだい?」


 こういう面倒なことになると分かっていて、ヘルシアラに情報を流すなんてね。笑いながらも笑ってない伯爵の目に、思わず目を逸らすヘルシアラ。この男は怒らせると非常に厄介だ。


「俺だよ」


 そう言って、テーブルに紅茶を置くのは、優秀な使用人、人狼モンドー。


「別に隠すことでもないでしょ?」


 言ってクッキーを置いた人狼は、そのまま庭の手入れへと向かう。見事な庭の維持は、彼の腕にかかっているのだ。

 その様子を見守る伯爵に、怒りの感情は感じられない。彼はお気に入りの存在にとことん甘いのだ。──ドラ男にはいたく冷たいのは、はたしてお気に入りではないからなのかは謎。


「やれやれ……まああれは、やむを得ずだね」


 ため息交じりに説明する伯爵に、ムスッとした顔の少女は「連続殺人鬼だって?」と聞く。


「そうそう」


 なんだ、知ってるんじゃないかと伯爵の顔がパッと明るくなれば、ジトリと睨み返された。


「連続殺人なんて物騒な輩、排除が一番だろう?」との伯爵の言葉に、「まあそうだけど……」と小さく頷くヘルシアラ。


 そこで同意するあたりが、感覚のズレを思わせる。

 伯爵を筆頭に、長い時を生きる者達は、総じて考えも古い。悪しきは滅せよだなんていつの時代だ、と言う者は彼らの中には居ないのだ。


「で? 溜め息の理由はそれじゃないだろ?」


 ヘルシアラが牛になるのは、別に本心から吸血行為に怒りを感じてるからではない。一応名目上はハンターなわけで、人を害する吸血鬼は討伐の対象。分かっちゃいるが恋する乙女にそんなものは関係ないのだ。

 どこぞのハゲオヤジが殺されようと、ヘルシアラには問題じゃない。


 問題なのは、相も変わらず塩対応な想い人の存在。


「何十年ぶりかの再会なのに、相変わらず冷たいんだもの」


 ハア、と溜め息をついてクッキーを一口。途端に口に広がる甘さに、目がパッと輝いた。

 単純だなと内心笑いつつ、伯爵もまたクッキーに手を伸ばす。


「うん、美味しい。やっぱりディアナは料理が上手だなあ」

「これ、ディアナさんが?」

「そうだよ」

「そうなんだ。もっと食べていい?」

「いくらでも。また焼いてもらうよう頼んでおくよ」

「是非に」


 転生者のヘルシアラは、同じ転生者のディアナとも当然顔見知り。

 というか、ヘルシアラはドランケを筆頭に、ディアナもモンドーも大好きなのだ。


 おや、伯爵は?


「くそう、ずるいわ伯爵。どうしてみんな伯爵に甘いのかしら」

「そりゃまあ僕だから」


 意味が分からない、とふてくされる。

 どうにもヘルシアラは伯爵という人物が苦手……というより嫌い。

 なにより


「どうしてドランケはあなたに甘いの?」

「そりゃまあ僕だから」


 同じ事を言う伯爵を思わず睨む。そう、ドランケは何かと伯爵に甘い。言われるがまま協力して、吸血行為をするほどに。


「どうしてあたしには冷たいの?」

「そりゃまあハンターだからじゃないの?」

「理不尽だわ」


 そうかなあ?

 吸血鬼がハンターを嫌うのは、至極普通だと思うのだけど。


 それを分かっているのかいないのか、凹む少女をクスリと笑う。

 それでも少女はドラ男が嫌いになれないし、なによりドラ男も少女を嫌ってはいないこと。


 知ってて黙っている伯爵は性格が悪い?

 いえいえ、長い人生を楽しむ秘訣なのですよ。


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