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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
12/22

1、

 

 ドランケ伯爵──通称ドラ男は不機嫌だった。理由は明白、誰も遊んでくれないからだ。


 美しきディアナは友人との旅行に行って不在、可愛いモンドーは人狼の集会とやらに行っている。

 大親友(とドラ男は勝手に思っている)である伯爵は、今宵は待ちに待った小説の続刊を読むのだと、誘いに来たドラ男を門前払い。


 目の前で扉がバタンと無機質な音を立てて閉ざされてから、彼はずっと不機嫌。


「いいように俺をこき使うくせに、いざ俺が必要としている時は忙しいと逃げる。なんて勝手な奴らだ!」


 俺は誰もが恐れる吸血鬼伯爵だぞ! という言葉がむなしく響く。

 世の中には確かに恐ろしい吸血鬼はごまん……とはおらずとも、確かにいる。だが伯爵もディアナも、そしてモンドーも知っているのだ、ドランケはそれに当てはまらないと。彼はとても”人間ぽい”吸血鬼であることを。


 別に伯爵たちはドラ男のことを嫌ってはいない。……好きというわけでもない、というだけのこと。ディアナはちょっと嫌いが大きいが大嫌いとまではいかない。

 なればこそ、彼らは自分達の用を最優先するし、ドラ男のくだらない(彼の用件は大抵がくだらない)案件に付き合うほど暇でもない。


 先日の連続殺人事件などでドラ男をかりだす伯爵。それをいいように利用してるとドラ男は怒るが、伯爵に言わせれば「嫌なら断ってくれていいんだよ?」なのである。つまり嫌なら断れ、自分が受けたならそれは自己責任だ、同じことを相手に求めるな、と。


 正論である。

 ド正論である。


 だが時に人は正論に納得することはできないし、時に曲論……屁理屈を好むのが人というもの。だからドラ男も理解はできても納得はできずに不機嫌となる。


「チッ、つまらん。いいさ、そんなに俺に冷たくするなら、暇つぶしに血を吸ってやる」


 伯爵には自分の領土内では許可なく吸血行為をするなとキツク言われている。それを裏切ったらどうなるか、分かってるな? と脅しめいたことを言われたのは一度や二度ではない。

 それに従う義理はないが義務はある。

 ドラ男……ドランケにとって、アルビエン・グロッサム伯爵は唯一の天敵であり、無二の親友(と思いたい)なのだ。ドランケには、友人の期待を裏切るべからずな義務がある。


 だが時にこんな寂しい日は、ちょっとばかし悪いことがしたくなるではないか。いい加減トマトジュースの味にも飽きた。赤ワインは好みじゃない。


 それにとドランケは思う。

 先日飲んだ連続殺人鬼のそれは非常に不味かった。だがそれでもやはり血はいい、と思い出すキッカケにはなった。


「そういえば、この前のは一体何年ぶりだ?」


 言って空を見上げる。

 もうすっかり日は沈み、誰もが家路を急ぐ時間となった。領主が住まう大きな街デイサムといえど、飲み歩く輩はあまりいない。先日あった隣町サルビでの、連続殺人が未だ尾を引いているのだろう。


 それは彼にとって好都合。人気が少ないのは悪さがしやすい。


 見上げた空には、既に月が上っている。大きく欠けたそれは、今宵が満月ではないということを一目瞭然で告げてくる。


 つまり、今宵は……


「今夜あいつは夜通し読書ってとこか。なるほど、それで俺を追い出したわけね。てことは、俺を邪魔する者はいないと……」


 アルビエン・グロッサム伯爵は満月の夜だけドクロになる。ドクロ伯爵は、どうやってか見知った場所を好き勝手に見ることができるのだ。当然吸血行為なんてしようものなら、バレる可能性大。

 バレずにやるなら、今夜は絶好の機会。

 伯爵は家に引きこもっている。

 ディアナは旅行で街から離れている。

 モンドーに至っては、一体どこで集会してるのやら。


「あの血は本当にまずかった。いや本当にまずかった。……これは、口直しせよという天のお達しか?」


 サルビ前町長の、酒と狂気をはらんだ血の不味さを思い出し、ドランケは顔をしかめる。


「伯爵は、今宵はワイン片手に読書ときてる。ならば俺も美女の血を堪能しても、バチは当たるまいて」


 一体誰に言い訳しているのか分からぬことを呟いて、ドランケはコツコツと靴音を響かせてデイサムの街を歩く。

 この街が拠点ではないドランケに、声をかける者はいない。だがそれもまた好都合。

 誰の印象にも残らないで、闇のようにひっそり静かにことをなす。


 さて、今宵の獲物はどこに──


「これまた不用心」


 呟くドランケの視線の先には、窓辺に佇む一人の女性。開け放たれた窓から入る風が、彼女の長い髪を揺らしている。


「ふうむ、まあ及第点かな」


 こちらを向いた女性の顔を見て、頷くドランケ。血の美味さは、その美しさに比例する。というのが吸血鬼の間では共通の認識。

 偉そうに人の容姿をあれこれ言える立場なのかといえば、言える立場なドランケ。黙っていればアルビエン伯爵といい勝負と、誰もが認める美形な彼は、肩にかかる黒髪を払う仕草も、また様になっている。


「だがディアナには遠く及ばないな」


 これまでの長い生で、ディアナ以上に美しい存在を見たことが無い。それこそ自分を魅了するほどに、彼女は美しい。初めての出会いも、彼女の美しさと美味そうな血の匂いに惹かれてのことなのだ。

 だがそれも彼女が伯爵の想い人となった時点で、食指は動かなくなった。というか動かせない。ディアナに何かしようものなら、伯爵が黙ってはいない。


 伯爵に嫌われるのだけは絶対嫌だ。


 一体なぜそれほどにドランケは伯爵に固執するのか……そこに理由なぞない。

 ただ吸血鬼でもないのに不老不死で、独特の能力を持つ彼のことを、一目見て気に入ったのだ。「お前、俺の友達」などと言い出すくらいには。言って伯爵に白い目で見られても、気にしないくらいに伯爵はドランケのお気に入り。


 そんなアルビエン伯爵お気に入りの存在、モンドーもドランケは可愛くて好きだ。少年だから最初から食指は動かないし、吸血鬼が人狼を吸血したいと思うほど酔狂でもない。ただのペットのような感覚。

 ディアナも美しいから好き。彼は美しいものが全て好きだ。だがディアナはドランケを嫌っている。理由は明白。その理由による問題を解決すべく動くべきなのだが、一向に手掛かりがつかめないので、ちょっと最近飽きてきた。……なんて言おうものなら、確実にディアナに絶交を言い渡されるだろう。そうなれば伯爵とも同じ道を辿るのが目に見える。


「……明日から、また動くか」


 だが今はとりあえず、そっちの解決は後回し。まずは腹ごなしが必要と、そっとドランケは窓辺に近付いた。

 家は裏通り沿いで、人気(ひとけ)はない。女性の居る窓の部屋は三階だが、コウモリに変身できるドランケにとってその程度の高さは意味をなさない。


「よし、いく……」

「そいやー!」

「ぞお!?」


 よし行くぞと気合いを入れかけた、まさにその時、。ドランケの掛け声と同時、なにやら声がしたかと思えば気付けば彼は吹っ飛んでいた。

 何かが闇から飛び出して、何かがドランケに体当たり。ドンと飛ばされ、飛んだ先にはゴミ捨て場。


 あわれドランケ、ゴミまみれ。


「ななな、なんだあ!?」


 ゴミの山をかき分け、どうにか立ち上がろうとするも運悪く明日はゴミ収集の日。朝一に出すようにというお触れはあってないようなもの、守らぬ住人によってゴミ捨て場は前日から既に山となっている。それこそ埋もれれば簡単に這い上がれないくらいに。


「くそ、立ち上がれん……! 変身……したら、コウモリのままゴミに埋もれてしまいそうだな」


 吸血鬼の最期がゴミの中とか、絶対に嫌すぎる。しかしこのまま明日の収集時間まで埋まり続けるのも間抜けが過ぎる。


「へ、ヘルプ……」


 誰か助けてと情けない声とともに伸ばされた手は、期待通りにはっしと掴まれ、引っ張られる。


「わ!?」


 その勢いの強さに思わず声を上げ、ゴミの山から飛び出たドランケは「とと、と……!」と勢い余ってタタラを踏んだ。


「うう、(くさ)い……」


 ようやく脱出できた喜びを上回る悪臭に、その美しい顔が嫌そうにしかめられる。


 思わず自身の体をクンクンと嗅いだところで「なにやってるんだ、お前は」と声がかかった。


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