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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第二章 【永遠の恋人】
10/22

1、

 

 その瞬間少女は死にかけていた。

 貴族の屋敷内で、いいようにこき使われる奴隷の少女は、今まさに息絶えようとしていたのである。


 何も悪いことはしていない。だというのに女主人は彼女を折檻した。

 それはとても理不尽な行為。


 だが彼女に抵抗は出来ない。

 唯一の生きる(すべ)だったから。その女主人がいなければ、少女はとうに死んでいたから。

 少女に抵抗するという選択肢は無いのだ。


 ただ、ある一人の男が少女を見た。その妖艶で美しい容姿に見惚れ、囚われた。 

 それだけ。


 それこそが女主人の怒りの源。彼女の死を生み出した原因。

 少女にどうすることも出来ないのに、彼女は何もしていないのに。

 それでも彼女はボロボロになるまで仕置きをくらったのだ。


 そして死は彼女を迎えに来る。


 だがその時、神に悪戯心が働いた。

 伯爵を、彼女のもとに遣わしたのである。


「大丈夫かい?」


 伯爵は、今も昔も伯爵だった。

 永遠の時を生きる男──伯爵が問うた。

 少女には返事する気力も体力もない。

 しかし伯爵は気にすることなく彼女に語りかけた。「もう大丈夫だよ」と。


 うっすら目を開けた少女の視線の先で、伯爵は長い金の髪を揺らしてニコリと微笑む。

 その背後で、銀髪銀瞳の少年が呆れた様子でこちらを見ていた。


 だがそれらは目の前にかざされた伯爵の手によって阻まれる。少女の視界は、伯爵によって閉ざされたのだ。


「大丈夫だから眠りなさい。次に起きたときはきっと何もかも良くなってるよ」


 アルビエン・グロッサム伯爵は予言する。

 そしてその予言は、けして外れない──

 

『次に起きたときはきっと何もかも良くなってるよ』


 一体何を根拠に?

 少女には理解のできない言葉だった。

 だがわかることが一つある。その発言者である男性は、とても美しい人だということ。


 少女は未だかつて、あれほどに美しい男性を見たことがない。


 自身の主である女主人も美しい人だと思った。だからこそ、美しい少女が男の目を引くのを良しとしなかった。女主人は自分こそが一番であるという、プライドの高い人だから。


 だが男性の次元は女主人とは全く異なる。

 言うなれば、女主人は『よくある美形』。だが男のそれは、『異常なまでの美しさ』なのだ。

 人は神が作ったと言うが、彼こそが神が作った最高作品。いや、ひょっとしたら彼こそが──


「神様?」


 呟いた声は、けれど声にならなかった。

 正確には「あう?」という、言葉の形をとらないものでしかなかった。


「え!?」と叫んだつもりでも、やっぱり「あう!?」となる。


 これは何? 一体どういうこと?

 驚いた少女は、自身が横になっていることにそこで初めて気付いた。

 あのまま地面に横たわったままだったのだろうか。女主人は動かなくなった自分を、町の寂れた裏通りに捨てた。

 そこであの美しい男性に出会ったのだ。


 だが結局、そのまま打ち捨てられていたのだろうか。


 いや違う。

 めぐらした目が、状況が全く異なることを告げている。

 ここは寂れた裏通りではない。

 背中に当たるフカフカの感触が告げる。自分が横たわっている場所は、荒れた道の上ではないと。

 真っ白な天井、揺れるカーテン、豪華絢爛な家具の数々。

 外ですらない、ここは家の中。いや、家なんてものではない、これはお屋敷。


 貴族が住まう屋敷の中だ。


(どうして──?)


 声に出しても形にならないことを理解した少女は、心の中で呟いた。


「まあ私の可愛い赤ちゃん、目を覚ましたのね」


 目を必死でキョロキョロさせていたら、不意に女性の声がした。

 女主人だろうか?

 一瞬身構えるも、覗き込んでくる顔に見覚えがないことに安堵する。


(優しそうな女性)


 こんな人が母親だったら……


 かつて望み、けれど絶望したその存在。自我を得た時から既に親は居なかった自分にとって、親代わりは絶望の女主人のみだった。

 けれど、もし叶うなら、こんな人のもとへ。

 その望んだような存在が、自分を見下ろしているのだ。


「随分長く寝ていたわね。お腹はすいてない?」


 そう言って、女性は少女に手を伸ばしてきた。そして軽々と持ち上げられる。


(──え!?)


 そこで少女はようやく気付く。自分の体がとても小さくなっていることに。


(ど、どういうこと……?)


 慌てて体をバタつかせるも、喜んでいると思われたのか「ふふふ、可愛い」と女性を喜ばせるだけ。


 だがそこで少女は動きを止めた。

 バタつかせた瞬間に、見えたのだ。自身の小さな手が。

 赤ん坊のような……否、まさにその通り。赤ん坊となった自身の手が見えたのである。

 ギュッと抱きしめられる感触。

 温かくて優しいその抱擁に、思わずスリと頬を寄せ……開いた目の先で、少女は目にする。


 美しい女性に抱きしめられる、赤ん坊の自分の姿を。鏡に映る姿を目にした。


「私の愛しいディアナ」


 女性が、そう言って頭を撫でる。

 それを心地いいと感じながらも、混乱した頭が「どういうこと!?」と叫ぶのだった。


 ディアナの第二の生の始まりである。

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