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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第2章 利害関係者(ステークホルダー)
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第6話 十色の力(前)-8

 酒場に戻った私はまず離れの中で汚れた衣服を着替えた。ここに帰ってきた途端、手ぐすが切れた操り人形のように脱力してしまった。私はこれまでカツアゲすら経験したことがない。緊張感が一気に抜けたようだ。


 ユージンさんから受け取った紙を机に出して眺めながらこの先について考える。




 彼はブリジットと連絡をとってくれるだろうか?




 仮にそれができたとして、私とブリジットに会う約束の話が嘘だとばれてしまうだろう。仲介料の話を餌に手がかりを掴むことはできた。だが、ここから本人と出会うにはもう少し工夫が必要だろう。


 騙されたと知ったら彼らはなにをしてくるかわからない。やはり腕に覚えのある人に協力を求めた方がいいのだろうか……。





 今回、結果的には収穫を得られた。だが、運が悪ければ暴行を受けたり最悪、殺されていた可能性だってあったかもしれないのだ。


 そうなるとやはりカレンさんあたりに協力を求めるべきだ。ブリジットを見つける手がかりを掴んだと伝えればきっと力を貸してくれるはずだ。




 だが、今回の目的は私自身がブリジットと会うことだ。事情を隠して協力を頼むのはどうしても気が引ける。なにより危険とわかっているのに親しい人たちを関わらせたくはなかった。




 ラナさんが伝説級の魔法使いという驚くべき事実を知った。パララさんも魔法使いとしての技能はとても優れているようだ。カレンさんは巨大な剣士ギルドでも有数の実力者だと聞いている。




 自分の周りにいる人たちが実はそれぞれに大きな力を持っていることに気が付いた。それに引きかけ私は自分の身を守る力すらまともにもっていない。今日の暴漢に絡まれた時も、彼女たちなら自分だけの力で切り抜けられたはずだ。




 そう考えると途端に自分が情けなく思えてきた。私にできることはなんだろうか……。


 これまでの仕事の経験で培ってきた営業力・交渉力が私の武器か。自分の自信を取り戻すためにもすぐに誰かの力を借りる発想に至るのはよくない。




 これは他の誰でもない私が成し遂げたいことなのだ。これまで何度もラナさんやカレンさんには助けてもらっている。いつの間にか彼女たちに頼りすぎている自分がいた。


 たしかに異世界からやってきた私にはわからないことがまだまだ多い。それでも自分のやりたいことくらいは自分の力でどうにかできないといけない。






 夜はいつも通り酒場の仕事をこなした。ラナさんを横目で追いながら、魔法を教えてもらえないかと考えてみる。しかし、これまで魔法の話を聞いてもちんぷんかんぷんだったので、今からプロ野球選手を目指すよりも難しいと思った。




「――どうしたスガさん、仕事に集中しろよ? 今日も忙しいぞ?」




 私がわき見ばかりしているのを気付かれたのか、ブルードさんから指導をもらってしまった。彼に鍛えてもらうのはどうだろうか……、と今度は考えてみる。


 魔法よりは現実的に強くなれる気はした。ただ、以前に彼の肉体は「魅せる」ことに全振りしていると聞いている。これは私が目指すものとは方向性が違う。




 剣道の延長くらいのつもりで剣術の練習でもしてみようか。カレンさんほどにはなれなくても護身術のレベルで身に付けるならできるかもしれない。そんなことを考えながら配膳をしていると、そのカレンさんから声をかけられた。




「スガさぁ……、今日の昼過ぎ中央市場のあたりに行ってたかい?」




 中央市場……? 




 以前に常連のハンスさんと競り市に参加した時に行った場所がたしかそうだ。ただ、私は今日そこには行っていない。お昼過ぎならもう少し治安の悪いところで危険な目に合っていた。




 誰かと見間違えたのだろうか?




 ただ、ブリジットの捜索をひとりでしているのを気付かれたくなかったのもあり、私はその見間違いに乗っかることにした。例の仕事紹介所の辺りにいたのは知られたくなかったからだ。




「ぇえと……、そうですね。仕事になりそうな話がないかとその付近歩いていたと思います。結局収穫はありませんでしたが――」




「ふぅん……、そっか。ちらっと見かけた気がしたんだけど声かける前に見失ってね」




「そうだったんですか。あの辺は人が多いですからね」




 私は適当に話を合わせながら何気なく彼女の腕を見ていた。半袖の服の下に透き通るような白い肌の細い腕があった。ブレイヴ・ピラーの3傑「金獅子」の異名をもつ力がこの腕に秘められているのか……。俄かに信じられない。




「なんだいスガぁ、ちょっといやらしい視線を感じるんだけど?」




 まったくそんなつもりはなかったのだが、彼女にそう言われて急に身体の内側が熱くなった。




「いっ…いえ、べ別にそういうつもりはなくて!」




 火を噴きそうになっている私の顔を見て彼女はけらけら笑っている。




「あははっ! 冗談だよ。目の保養はラナで間に合ってるだろ?」




「それもありませんよ!」




 完全にからかわれモードに入ってしまった。ラナさんとカレンさん目当ての男性客の視線が痛く突き刺さってくる。




「あらあら……、あんまり見つめられても困りますね?」




 ラナさんはくすくす笑いながら私の背中を通り抜けてお酒の配膳をしている。この人たちと共にする時間はとても幸せだ。彼女たちがどれほど優れた魔法使いや剣士であったとしても、危険な目に巻き込むのは絶対にしたくないと改めて思った。

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