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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第2章 利害関係者(ステークホルダー)
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第6話 十色の力(前)-7

 その時、目の前の3人組とは明らかに違うドスの効いた低い声が響いた。





「ユージンさんっ!?」





 酒樽の男が大声で言った。建物の隙間の出口の方からこちらに歩み寄ってくる男の姿がある。私に壁ドンをしていた体操選手の男やカマキリ男はその「ユージン」と呼ばれた男の方を見ると深々と頭を下げた。酒樽の男も同様に頭を下げている。




 その男はここにいる他の3人より明らかに小奇麗で整った服装をしていた。歳は30くらいだろうか……。オールバックにした髪と細いレンズの眼鏡が特徴的だ。




 その男は私たちのいる近くまでやってくると、次の瞬間、酒樽の男は反っくり返るようにしてその場に倒れた。


 なにが起こったのか一瞬理解できなかった。倒れた男の顔は鼻血にまみれている。そして、ユージンと呼ばれた男の右膝のあたりにも血痕があり、状況を理解した。酒樽の男は地べたを転がりながら鼻を抑えて呻いている。




 さらにこの男は無言のまま、カマキリ男の顔面を蹴り飛ばし、体操選手の男の腹に膝蹴りを入れた。三者三様に男たちは痛めた箇所を抑えながら苦しんでいる。




「この人はブリジットの『お客様』だろうが? それをお前らなにやってやがる?」




 威圧感のある低い声だった。地面に転がったりうずくまっている男たちをユージンという男は見下ろしていた。




「申し訳ありません。私はユージンといいます。部下がとんだ無礼を働いたようで……」




 その男は急に親しげな声色に変えると私の方を向いて頭を下げた。私は礼を言うべきなのか迷って無言になってしまった。




「こいつらには後でしっかりと礼儀を叩きこんでおきますんで、ここは私に免じて許してもらえませんか?」




「ぃ…いえ、私もなにかされたわけではありませんし、今ので十分ではないでしょうか……」




 この3人組にはずいぶんと不快な思いをさせられたのは事実だが、痛みで悶えている姿を見ていると逆に哀れになってくる。こういうところは我ながら本当に「おひとよし」だと思う。




「お前ら、この人が心の広いお人で助かったな!?」




 私へ向ける声と部下へ向ける声と態度の違いがこの男の危険度合を感じさせた。そして、この男もまた「ブリジット」の名を口にしている。先ほどの3人よりはまともに話をできる気配もあった。




「ええと……、ユージンさんでしたか? 私は……『カミル』と申します」




 私は名乗るのを一瞬躊躇した後、咄嗟に思いついた仮名を口にした。以前に好きだったテレビゲームの主人公の名前だ。私の本名はこの世界では珍しいようなので迂闊に口にするのはリスクが高いと思った。




「――カミルさんですか。ブリジットと約束が会ってこちらに来られたと小耳に挟んだのですが?」




「はい、少し前に仕事を紹介してもらえる約束をしておりまして……、ブリジットさんとお知り合いなのでしょうか?」




「ええ……、こう見えて私はとあるギルドの元締めをしておりまして、ブリジットとは懇意にさせてもらっております」




 この男はどこかのギルドマスターなのか、どちらかというとヤクザの若頭という方がしっくりくる印象だ。だが、なにより……、ついにブリジットに繋がる人間を見つけた。これは非常に大きな収穫だ。




「彼にお会いすることはできないでしょうか? 仲介料をお渡しする約束になっていたのですが――」




「詳しい事情は私も存じませんが、ブリジットは今ずいぶんと忙しくしているようです。実を言うと私も数日顔を合わせておりません」




 やはりそう簡単に会うことはできないか……。いや、彼を知っている人間と出会えただけでも進展はあった。




「ですが、お約束があったのなら彼も無下にはしないでしょう。よければ私から連絡をとってみようと思うのですがいかがですか?」




 まさかの……、思ってもみない申し出だった。




「非常に助かりますが……、お願いしてもよろしいのですか?」




 彼はその強面の表情にはあまり似合わない笑顔をつくってみせた。




「私の部下がご迷惑をおかけしました。この程度でよければ喜んで引き受けますよ」




 私はこのユージンという男の真意をはかりかねていた。この男の言うことを完全に信用するのは危険だ。元々は部下を使って私から仲介料を奪い取ろうとしたのではないだろうか。




 だが、今すぐにお金を手に入れれないのであれば、改めて機会をつくってお金を持って来させる……。これまでの出来事はすべてこの男の筋書きで進んでいるような気もした。




 それでも、うまく利用すればブリジットの元へ辿り着けるかもしれない。その淡い期待が私の背中を押した。




「それでは、初対面で図々しいかもしれませんが……、お言葉に甘えてもよろしいですか?」




 ユージン氏は大きく頷いた。




「もちろんです。そうですね……、カミルさんにこれをお渡ししておきます」




 彼は不思議な文様の入った紙切れを私に手渡した。




「こいつは特殊な魔法が施された紙でして、『魔法の写し紙』と呼ばれています。私の手元にある対になっている紙に文字を書くと、こちらにも同じ文字が映し出されるようになってます」




 ラナさんの酒場で扱っている仕事の依頼書で似たものがあったのを思い出した。通信技術はあまり発展していない世界だが、魔法を使っていろいろと便利なことができるようだ。




「ブリジットと連絡をとれましたら、ここに場所と日時を記します。文字が書き足されると発光しますので見落としもないと思いますよ?」




「わかりました。ありがとうございます」




「いいってことですよ。こんな汚いところで話込んでしまって申し訳ありませんね」




 彼と話している間に、酒樽の男は自分が地面にぶちまけた私の荷物を再び鞄に戻していた。そして、それを両手で持ってこちらに差し出してきた。




 私はその男の鼻血がまだ止まっていないことを気にしながらそれを受け取った。カマキリ男と体操選手の男は私の背中にまわりこんで服についた汚れをはたき落としてくれた。目の前には彼らの挙動を見つめるユージンさんの鋭い眼光があった。




 こうして私は身の危険を感じながらもブリジットへと繋がる手がかりを掴んだのだった。

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