第6話 十色の力(前)-5
ブリジットを尋ねてまわって3日が経った。
紹介所の前に集まっている人たちはこの3日間ほとんど変わっていない。3日連続で同じことを聞くとさすがに邪険に扱われるようになってしまった。私の顔をちらりと横目で見るだけで話しに応じてくれない人もいる。
前に見かけた物乞い風の男は3日間同じところに座っていたが、私が目を向けるとどこかへ行ってしまう。結局一度も話を聞くことはできなかった。
私は警察や探偵の経験があるわけではない。人探しとは難しいものだ、と改めて実感した。ましてや普通の人ではなく、身を潜めている可能性がある人となると尚更だ。
なにか別の方法を考えないと……、同じ方法を使って探すにしても期間を空けた方がいいかもしれない。いろいろと頭で考えを巡らせながら、紹介所を後にして駅のある大通りに戻ろうと思った。
その時、後ろに人の気配を感じた。
つけられているような気がする。
後ろを気にしないように歩きながら、耳をすませて足音を確かめてみる。しかし、街の生活音に紛れてうまく聞き取れない。
私は靴紐を結ぶふりをしてしゃがみ込み、後ろを窺ってみた。距離は10m弱くらいだろうか、男が2人立っているのがわかった。今は2人で向かい合って立ち話をしているように見える。服の柄が目に入ったが、顔はうまく確認できない。
直観的に危険を感じた。立ち上がって数歩ゆっくり歩こう……。そして次の角を曲がった先から全速力で走ろうと決めた。
靴紐をきつく締めなおして立ち上がり、振り返らずに歩いた。身体が緊張で強張っているのがわかる。歩きもぎこちなくなっている気がする。とにかく次の角までこのまま歩こう……。曲がったら走る……。
私は道の角にあるゴミ捨て場をなぜか凝視していた。あのゴミ捨て場のところを曲がったら前だけ見て走ろう。大通りに出るまでそれほど距離はなかったはずだ。後ろにいる人の顔を確認したいが、目を合わせると危ない気がする。
ゴミ捨て場が徐々に近づいてきた。動悸が速くなっていく。いつの間にか口で呼吸をしていた。
あと5mでゴミ捨て場……。
あと3歩、2歩、1歩――。
曲がって次の一歩に力を入れた。
地面をつま先で蹴り、顔を上げた。
次の瞬間、私はしりもちをついていた。思い切り走り出したつもりがなにかに跳ね返された。一瞬思考が停止した。首を振って顔を上げると私を見下ろしている巨体があった。酒樽を連想させる丸く大きな身体をした男が立っている。この男にぶつかってしまったのか。
私が立ち上がろうとした時、後ろに人の気配を感じた。振り返ると二人の男が立っていた。先ほどしゃがんだ時に見たのと同じ服の柄だ。細身で身長の低いカマキリみたいな男と体操選手のようにがたいのいい男だった。
「どうした、あんちゃん、急に走り出したら危ないぜ?」
ぶつかってしまった酒樽のような男は私の左手を引っ張り上げて起こしてくれた。私は右手で尻のあたりをはたきながら、礼を言ってここを通り過ぎようとした。
しかし、酒樽の男は私の左手を万力のような強い力で握ったままで離れなかった。今になってようやく思考が追い付いた。この男も後ろからつけてきた奴らの仲間なのか、と……。




