第6話 十色の力(前)-3
「スガはこのブリジットって男、どう思う?」
私に話がまわってきた。ちょうどそれについて思考を巡らせているところだったが、思っていることをそのまま口にしていいものか……。
「あっ…、あの…よければ今のお話を聞いて、ゆっ…ユタタさんの感想を聞かせてくれませんか?」
返事に迷っていると、続けてパララさんからも意見を求められて驚いた。
「おや、パララちゃんもスガの意見が聞きたいのかい?」
「あっ…えっと…しっ失礼かもしれませんが……、なっなんていうか、そのブリジットさんは…話し方とか雰囲気が少しユタタさんに似ている感じがしまして…ひょっとしたら彼の考えがわかったりしないかと…おっ思ったんです」
「ふふっ……、パララがこう言ってますけどいかがですか、スガさん?」
ラナさんが茶化しながら私の顔を見つめてくる。なぜか女性3人に妙な期待の眼差しを向けられて急に緊張してきた。
「えー……、考えがわかるかと言われると難しいですが、これまでの話を聞いた上で率直に思った内容を話していいでしょうか?」
私は、あくまで主観で、ということを強調した。
「構わないよ。スガの意見を聞かせてほしい」
カレンさんが答え、ラナさんとパララさんも頷いている。話のハードルが上がっているようなプレッシャーを感じたが、とりあえず自分の考えを話してみる。
「あくまでこれは私の予想ですが……、その男はいくつか目的があったと思います。今回の件ですと、魔鉱石の輸送隊を攻撃できる魔法使いを見つけることとお金を騙し取ること、です」
「お金を騙し取る、もですか?」
ラナさんが首を傾げた。
「はい。これは私たちが最初にパララさんから聞いた仲介料の話です」
「でっ…でも、仲介料は結局いらないってブリジットさんから言ってきたんですよ?」
「きっと最初は仲介料を騙し取る気でいたのだと思います。仕事の紹介所から、職探しで頻繁に出入りしている人の情報を買うか、盗むかをしていたのではないでしょうか?」
カレンさんが無言で頷いて先を促してきた。
「頻繁に来る人は、すなわち今の仕事に困っている可能性が高い人です。これは当事者にとっては死活問題です。一刻も早く新しい職に就かなければ……、と焦りのある人も多いはずです」
事実、この世界にやってきたばかりの私がそうだった。運よくラナさんに出会えたので即刻その心配が無くなったわけだが……。
「そういう人は虫のよい話にものせられやすくなります。焦りゆえに冷静さを欠いてしまいますから」
「わっ…私がそうでした! 皆さんとお話したことで少しだけ頭を冷やせましたが……」
「最初は仲介料を騙し取るつもりでいた。ですが、パララさんの場合、それをすぐさま支払う選択はしなかった。ブリジットは、その時の相手の対応を見て、お金は騙し取れないと踏んで、別のやり方で利用する方向に切り替えたのだと思います」
「えっと……つまり、いくつか悪いことの手札を持っていて、相手の出方に応じてそれを使いわけている……、のですか?」
ラナさんはゆっくりと、自分の考えの答え合わせをするかのように問いかけてきた。
「そうです。最初に切る手札は仲介料の話、そこから相手の対応とその人の情報を鑑みて利用価値の高い方向へと導ていく……。今回の件なら、お金は取れなくてもパララさんの魔法使いとして技量を利用するのに価値があると判断したのだと思います」
これは完全に詐欺の手口だ。一番簡単で実入りがいい方法をまずは試す。それがダメならいくつか別の方法でなにかしら相手から奪おうとする。その過程で警戒心などを計り、危険性を感じたら早々に手を引く。
これらを一定の条件に当てはまる、いわゆる「カモ」相手に次々と繰り返していく。「カモ」は冷静に判断できるほどの余裕がない人たちだ。例えば、今の職に困っている人とか……。
この話をするのは正直あまり気が進まなかった。まるで自分がそういった悪さに加担した経験があるように聞こえるからだ。もちろん私にそんな過去はない。
だが、こういった詐欺の手口と販売・営業のやり方は残念ながら通じるところがある。それゆえに勘が必要以上に働いてしまう。
「つまり、ブリジットがまだなにか企んでいるのだとしたら……、今回のように仕事の紹介所といった標的となる人を見つけやすい場所に現れる可能性が高いと思います」
私は一気にここまで言い切った。もっとも今回の件が大事おおごとになっているのなら、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていそうな気もするが……。
「……なかなかおもしろい話だねぇ、いやスガの意見を聞いといてよかったよ」
私が話終えてから一呼吸おいてカレンさんがそう言った。その一呼吸の間の沈黙がとても気まずく感じられた。なにかいらぬ疑いを招いていないだろうか?
「わっ…私はあまり頭よくないですがユタタさんの話はなんていうか…せっ説得力がありますね」
「ボクもそう思いました。スガさんが言うと納得してしまいますね」
「私の考えた内容を言ったまでです。実際のところどうかはわからないので、そこまであてにしないでください」
私はこう言いながら頭では別のことを考えていた。これまでの経緯やパララさんが、そのブリジットなる男と私の雰囲気が似ている、と言ったのが頭の中で引っかかっている。
ひょっとしたら彼は私と同じように別の世界からやってきた人間なのではないか、と思い始めていたのだ。
今の話だけでそう考えるのはあまりに早計かもしれない。
だが、私以外にも別世界から来た人間がいる、という考え自体はごく自然なものだと思えた。むしろ自分だけが唯一の例外、と考える方がおかしいと思っている。一定数そういう人がいて私もその中のひとり、と考える方が普通だろう。
ただ、もしそうならば……、なにかしらこの世界にやってくる条件があるはずなのだ。それがわかれば元の世界へ戻る方法もわかるかもしれない。
そう考えながら、本当に元の世界に戻りたいのか、と同時に問いかけている自分がいた。
本来なら当たり前にあるはずのこの願望が私の中ではとても希薄だ。まだなんの確証もない話ではあるが、私はこの『ブリジット』に会ってみたいと思い始めていた。
カレンさんを中心に情報交換は続いた。しかし、私は話を聞きながらもブリジットに思考を奪われていた。
いつの間にか閉店の業務はブルードさんが終わらせてくれていた。時間も遅くなってきたので、話を切り上げてカレンさんはパララさんを連れて店を出ていった。
お店の仕事はほとんど残っていなかったので、ラナさんにお疲れ様とおやすみの挨拶をして私は離れに戻った。




