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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第2章 利害関係者(ステークホルダー)
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第5話 悪意の火種(後)-8

 カレンとパララの2人が出ていった後、ブレイヴ・ピラーの会議室にはシャネイラとグロイツェルが残された。広い室内は寒々としている。少しの静寂の後に、グロイツェルが口を開いた。




「――あの酒場の店主が例のローゼンバーグですか?」




「ええ、機会を見つけてあなたと会わせたかったのです。理由をつけて行かないとカレンに拒まれてしまいますからね」




「あまり特別な印象は受けませんでしたが……、あの者が多くのギルドから動向を監視されている魔法使いなのですね?」




「そうです。巨大な魔法ギルド、我々のような剣士ギルドもそうです。王国騎士団の人間もいるでしょう。様々な組織の人間が客を装ってあそこに出入りしています。我々はカレンがいるので、あえて人手を割いてはいませんが」




「ローゼンバークとはそれほどの魔法使いなのですか? 噂に聞く才能はたしかに恐ろしいものですが、魔法使いとして活動をしていない者が脅威になるとは思えないのですが――」




「ラナンキュラスの力は恐ろしいですよ。私が言うのですから間違いありません。そし、て我々のところにカレンがいるのは他の組織と比べて大きなアドバンテージです。彼女がどこかに手を貸さなければならない状況に迫られたとき、必ずこちら側についてくれるでしょうから」




「まさかマスターがカレンを隊長に据えているのはそのためですか?」




「そんなことはありませんよ。彼女を隊長に選んだのは純粋にカレンの力を評価してのことです」




「たしかにカレンの剣の腕は私も認めます。ですが、隊長となるにはまだまだ人間的に未熟とも思っております」




 シャネイラは一呼吸おいて、言葉を返した。




「グロイツェルの言うことはもっともです。彼女はまだ若い……。年齢もありますが、組織の長おさとしてまだまだ未熟者です」




「マスターもそうお考えなのですか……」




「ゆえに、あえて早い段階で隊長の席を与えました。それによって彼女には成長してもらいたいのです。今はまだ人の使い方がわからず全て自分でやろうとしています。言葉使いも荒く、上に立つ者としての自覚もないといえるでしょう」




「マスターがそれを理解されているのでしたら、私から申し上げることはありません」




「今はまだカレンにとってそれらが必要と思えないからでしょう。ですが……、いずれ必要に迫られたときに彼女は成長します。グロイツェルは彼女に背中を見せて道筋を示してやってほしいのです」




「承知致しました」





「パララ・サルーンもおもしろい魔法使いになると思います。もっとも、この先の彼女の努力次第というところもありますが」




 シャネイラは少し前にパララが出ていった扉を見つめながらそう言った。




「そして……、カレンは私も認める素晴らしい剣士です。そういえば、酒場にいた『スガワラ』という方もなかなかおもしろい人のようですね?」




 グロイツェルが競り市で例の大剣を購入した時に、その経緯をシャネイラに報告していた。酒場で彼と再会したのは偶然だったわけだが……。




「はい。剣士や魔法使いといった才は無さそうですが……、人の興味を引くのが得意な人間と思います。商人として才覚とでもいいましょうか」




「私も一度じっくり話をしてみたいものですね。いろいろな才のある人が彼女の元に集まっているようです。これもきっとラナンキュラスの()()なのでしょうね」




「呪い……、ですか?」




 グロイツェルは予想していなかった単語が出てきて首を傾げていた。






「ええ、彼女のもつ呪いですよ。ラナンキュラスが自覚しているかはわかりませんが……、恐ろしい呪いです」





◆◆◆





 ブレイヴ・ピラーの人たちが帰った後、ラナさんはいつもの表情に戻っていた。ギルドマスターのシャネイラ氏と話しているときはずっと不機嫌そうだった。


 なにか事情があるのだろうが、それを尋ねる勇気が私にはない。ただ、ラナさんのあの表情を見てわずかに安堵している私がいた。




 ラナさんは出会って以来ずっと天使のような人だった。そうでなかったら今の私はここにいないだろう。ただ、それは文字通り「天使」で、時に「人間」らしさを超えているところを感じていた。




 さらに、カレンさんから彼女の笑顔について話を聞いた。いつもの笑顔は仮面かもしれない、と……。そんなラナさんが不機嫌さを露骨に表すのを初めて見た。ある意味とても人間らしい一面で、「天使」ではないのだと思えた。




「スガさん、なにかいいことがありましたか?」




 唐突にラナさんに聞かれた。顔を凝視されている。今考えていたことが表情に出てしまったのかもしれない。私は普段見られないラナさんの表情を見られたのに不謹慎にも喜んでいたのだ。




「いいえ、なんでもありませんよ」




 私はそう言って笑って見せた。




「ふふっ……、なにかいたずらっ子のような表情ですよ?」




 ラナさんはいつもの笑顔を私に返してくれた。

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