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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第2章 利害関係者(ステークホルダー)
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第5話 悪意の火種(後)-7

 会議室に2人で入ると、入口の所にグロイツェルが立っていた。手には拘束具を外す鍵がある。




「マスターから解放の許可が出た」




 そう言ってパララちゃんの拘束具を外した。彼女はまるで準備運動をするかのように手を大きく動かして、手が自由になったのを確認している。




「パララ・サルーン、あなたが何者かの手引きによって我々の護衛する輸送隊を襲ったことがわかりました」




 シャネイラが話始めると、パララちゃんは教師に説教されている学生のように背筋を伸ばして直立した。




「あっあ…あの、その…ご、ごめんなさぃ……。申し訳ごじゃいませんでした! わっわ私、大変なことをしてしまいました……」




「パララちゃんはブリジットって男に利用されただけだよ。悪くない」




「でっで…でも! でも、馬車に乗っていた人や周りの騎馬に乗っていた方々は――」




「そのことですが、心配は無用です。怪我人はおりません。荷物も無事に王国へと届けられました。時間が多少遅れたのはありますが」




 私はシャネイラのこの発言を聞いて驚いた。




 怪我人はいない?




 それは知らさせていなかったからだ。




「ちょっとシャネイラ! それは本当かい!?」




「マスター、私もそれは初耳です。本当でしょうか?」




「ええ、間違いありません。怪我人はひとりもいませんよ。ゆえにパララ・サルーン、安心して下さい」




「まっま…ま、待ってください! 私、ヴォルケーノが馬車の荷台へ向かっていくのを確認しました! 私が言うのも変かもしれませんが……、外したとは思えません……。あとのことはあまり覚えてませんけど――」




「そうですね。火属性の上級魔法『ヴォルケーノ』、狙いも正確で、威力も十分でした」





 私はシャネイラの話し方に違和感を覚えた。まるで現場を見ていたかのような言い方だ。




「シャネイラ……、まさかそこにいたのかい?」




「これは本当に偶然です。私があの輸送隊の中にいると想定しての悪巧みではないでしょう。それでも……、お互いにとってとても運のいい偶然でした」




「被害がないなら先にそれを言いなよ! パララちゃんだってそれを気にしていたに決まっている。私だって……、グロイツェルだって気が気じゃなかったはずだよ!?」




「言い出す機会を失っていただけです。ですが、結果的に我々への被害はなく、パララ・サルーン……、あなたが誰かを傷つけたこともないわけです」




「はっは…は、はい…え…っと、それはつまり、ヴォルケーノを止めたということですか?」




「同じレベルの魔法で相殺した、というのが正確でしょうか」




「マスター・シャネイラは王国最強と謳われる魔法剣士だ。その場にいたのなら不思議ではない」




 戸惑っているパララちゃんにグロイツェルが補足した。




「ともあれ、我々はこれ以上あなたを拘束するつもりはありません……。それと、これはひとつ提案ですが――」




 パララちゃんがなにか言おうとしたが、シャネイラが話を続けるので口が半開きみたいな状態で静止している。シャネイラからの提案とは一体なんだろうか。見当がつかなかった。




「我々、剣士ギルドは依頼内容によって魔法使いの手を借りることも多々あります。ゆえに、懇意にしている魔法ギルドがいくつかあります。あなたをそこに紹介したいのですがいかがですか?」




 これは予想外だった。まさかパララちゃんをこちらに引き入れようとするとは……。




「えっえ…えっと……?」




 突然の話でパララちゃんは混乱しているようだ。グロイツェルの顔を見ると彼も予想外だったのが窺える。




「今回の1件であなたのことをいろいろと調べました。非凡な魔法の才覚をもつと同時に、対人関係においては致命的なほどに苦手意識をもっているようですね?」




 シャネイラがあまりに直球で話をするので割って入ろうと思ったが、そこに関してパララちゃんは動じていないようだ。




「わっわ…わ、わかっています。で、ですがこ…このままではいけないと思っているんです。魔法ギルドに所属して……、しっかりと経験を積んで自分を変えて、いきたいんです」




「あなたがよければギルドへの紹介は私が致します。『やどりき』ほど規模の大きいところではありませんが、依頼の数で困ることはないでしょう。そこからどうなっていくかはパララ・サルーン……、すべてあなた次第です」




「ぜっぜひ! よろしくお願いします!」




 シャネイラは仮面で覆った顔で大きく頷いて見せた。




「パララ・サルーン……、あなたは技量こそあれど魔法使いとしてひとり立ちするにはまだ卵の状態です。ゆえにひとつだけアドバイスを致しましょう」




「はっは…はい!」




「卵の殻は自分の力で割ってこそ価値のあるものです。他の誰かが割ってくれる時は、その者に食べられる時。あなたは今回、魔法ギルトに所属したい、という気持ちの焦りにつけ込まれたのです。甘い話には気を付けなさい」




 そこまで言って少し間をおいてからさらにシャネイラは続けた。




「――とはいえ、私からの話は信用して下さい。ブレイヴ・ピラーの代表としてあなたを利用するような真似は決して致しませんので」




 シャネイラがまさかパララちゃんの所属先まで紹介してくれるとは意外だった。




「カレン、彼女を食堂へ案内してあげなさい。ここに来てからなにも口にしていないでしょう?」




「任された。その後は家に送って帰ったらいいかい?」




「そうしてください。魔法ギルドへの紹介は私が手続きをします。カレンは彼女と連絡がとれるようにしておいてください」




「あっあ…あ、あのその……、いろいろとありがとうございました!」




「お気になさらず。酒場のラナンキュラスたちも心配しているでしょうから、顔を出してあげるとよいでしょう」




 ラナの不機嫌な表情が目に浮かんだ。早いうちに弁解しておきたいと思っていたところだ。




「そうだねぇ……。事情を説明せずに聞きたいことだけ聞いてきたからラナはむくれてるかもしれないけど」




 そう言った後、パララちゃんを食堂に連れていこうとした。だが、パララちゃんは私をぼんやりした目で見つめて固まっている。




「あれ……パララちゃん、どうした?」




「あの……、ラナさんて『ラナンキュラス』というお名前なんですか?」




「えっ…と、そうだよ、ラナンキュラス……。パララちゃんと同じセントラルの卒業生だけど……、てっきりパララちゃんが研究院の後輩で面倒みてるのだと思ってたけど、違うのかい?」




「セントラル卒業のラナンキュラス……。ラナさんがひょっとしてローゼンバーグ卿なんですか!?」

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