第5話 悪意の火種(前)-6
私は下を向いたまま話していたので、ちらりと顔を上げてブリジットさんの顔を覗いてみました。するとそこには笑顔で私を見据える彼の姿がありました。
「――心配しないで下さい。結論からお伝えしましょう。仲介料は不要です」
「……え?」
「これは私の流儀です。失礼かとは思いますが、相手の覚悟を仲介料の額によって見させてもらっています」
「ごっご、ごめんなさい。私あまり頭が良くないのでわからないです……」
「こちらこそ回りくどい言い方をして申し訳ありません。パララさんのおっしゃった通り『やどりき』は格式高いギルドで簡単には入れません。そこに試験無しで飛び込むのはそれなりの覚悟をしてほしいのです。例えば……、普通はありえないような高額なゴールドを払うくらいの覚悟はあるか、とかですね?」
「はい?」
「あなたは今日ここにやってきた。すぐではなくても条件次第では仲介料を払ってでも『やどりき』に所属したい、という強い意志があったはずです」
「そっそ、それは…そのつもり、です……。でした」
「私はその意志を試しているのです。そしてあなたは合格です。きっと仲介料の話を聞いた後に悩み、ご友人などにも相談した上でここに来られたのでしょう?」
「えっえ…っと、はい……。とても親身にして下さる方から…その、申し上げにくいのですが…怪しい話ではないか……、と言われてました」
「そう思われるのもある意味当然かもしれません……。ですが、あなたはそれでも今日ここへ来ました」
「……はい」
「助言をくれる方が怪しむのは当然のことです。万が一あなたが高額なお金を騙しとられたとなると大変です。それに――」
ここでブリジットさんは一呼吸おいてから話を続けました。
「『やどりき』所属となればとても名誉なことです。人によっては、それを素直に喜べない場合もあります」
「すっす、素直に喜べない……、ですか?」
「無償で手を差し伸べたり、助言をくれる人は……、時として人を見下していることがあります。ただ、そういった人は相手の成功を素直に喜べず、妬んだり邪魔しようとしてしまうときもあるんです」
ここまで言ってブリジットさんは、はっと話を止めました。
「これは失礼しました。パララさんのお知り合いがそういった方と言っている訳ではありません。中にはそういう人もいる、という話をしたまでです。今のは忘れて下さい」
「はっは、はい! 大丈夫です」
「とりあえず、今日はパララさんの意志を確認できてよかったです。これから正式に『やどりき』との手続きを進めていこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「おっお、お願いします!」
「わかりました。では、明日同じ時間にまたここでお会いしましょう。そこで今後のお話を致します」
そう言うと、ブリジットさんは席を立った。
「お茶代は私が支払っておきます。ごゆっくりなさってください。それでは」
「えっえ…!」
私が返事をする前にブリジットさんは離れたところに行っていました。ひとりになった席に冷えた紅茶が置かれています。話に夢中になって、いつ運ばれてきたのか気付かずにいました。
これで私はやっと魔法ギルドに所属できる。それもあの「やどりき」に入れるなんて……。一刻も早くラナさんやユタタさん、それにブルードさんにも報告したい。
そういえば、ブリジットさんの話し方や雰囲気はどことなくユタタさんと似ているものを感じました。そう思った時に、先ほどの話が頭を過りました。
他人の成功を素直に喜べない人がいる……。
ラナさんやユタタさんが、名の知れたギルドに私が所属するのを妬んだりするでしょうか? それを邪魔しようとして、疑わしいと言ったりすることが……。
いいえ、そんなのあるはずがない。
お二人とも心から私を心配して、助言をくれたに決まっています。それに結果的には、ギルドにも所属できて仲介料のお支払いも無くなったんです。早くあの酒場に行って伝えないと。そう思っているはずなのに何故か心のもやもやが晴れずにいました。




