第5話 悪意の火種(前)-4
最初に話を聞いたときはいかにも怪しいと思ったが、考えすぎだったようだ。経緯はよくわからないが、仲介料もなくなったのであればパララさんにとって良いこと尽くしのように思えた。
「最初に怪しいと言い出したのはボクですよ。ごめんなさい、パララさん」
「いっいいえ! ラナさんもユタタさんも心配してくれてうれしかったです!」
カレンさんは私を見たりラナさんを見たりパララさんを見たりと、表情に疑問を浮かべながらきょろきょろしている。
「なんだい? 事情はよくわからないけど、パララちゃんが魔法ギルドに所属したってことかな? それはおめでとう!」
「そういうことです! 改めておめでとうございます。お祝いといってはなんですが、これはボクの奢りですよ」
2人のカウンターの前には大きめのサンドウィッチ、というよりはバーガーに近いものが置かれていた。食欲をそそる良い香りが漂ってきて私もお腹が空いてくる。
早速カレンさんは豪快にサンドウィッチにかぶりついていた。口の端についたソースを指で拭って舐めながら満足そうに食べている。パララさんもそれに促されてか、小さな口でかぶりついていた。
「おいしいです。ありがとうございます」
「後でお茶をもってきますね」
2人の食べる姿を見ながら、優しくラナさんは微笑んでいる。それなりの大きさのサンドウィッチかと思ったが、カレンさんはすごい早さで食べ終えた。隣のパララさんはまだ半分くらい残っていて、カレンさんの顔を目を見開いて見ていた。
「ふふっ、カレンは食べる早さも量も男性顔負けですからね、気にせずゆっくり食べてください」
「ラナぁ、これうまいねぇ……。ブルードさんも同じのつくってくれるかい?」
「えぇ、勿論ですよ。夜のメニューにもあるからまた注文してね」
「この肉とソースは癖になるねぇ、たまたま寄ってラッキーだったよ」
「あ……、カレンはちゃんとお代を払ってくださいね?」
「なんだよぉ、めでたい日なんだからケチなこと言うなって」
「ダメです。お金の話はきっちりしないと……、ですよ。ね、スガさん?」
「そうですね。お金は結果と責任の対価ですから。きちんとしないといけません」
「はいはい……、スガは仕事とお金の話には厳しいからねぇ」
私とラナさん、カレンさんでパララさんにお祝いの言葉をかけながら和やかな時間が流れていく。
カレンさんは紅茶を飲んで一息ついた後に、次の仕事先へ出かけると言って店を後にした。パララさんも同じタイミングでお店を出ていく。2人を見送ったラナさんは、笑顔で紅茶のカップを片づけていた。
「片づけは私に任せてください」
私がラナさんの仕事を代わろうとすると、急に彼女の手がピタリと止まった。
「そういえば――」
「どうかなさいましたか?」
「パララさんのお話……、結局なにも悪いことはなかった訳ですよね?」
「はい、どうやら私たちの杞憂だったようです」
ラナさんがなにやら、うーんと唸るような声を出して首を捻っている。どうしたのだろうか。
「カレンがたしか、パララさんがお店の近くでうろうろしてた……って言ってましたよね?」
「ええ……と、そのようなことを言ってた気がしますね?」
「それに最初、とても表情が暗かったですよね?」
「はい……、私はそれを見てきっと良くないことがあったのだと思っていました」
まさか私たちに心配をかけまいとして……。いや、わざわざ嘘の報告をするためにここまで来たとも思えない。
パララさんについてそれほどよく知っているわけではないが、平然と嘘を話せるタイプではないだろう。話し方は少しうろたえていたが、それは私たちの知っているいつもの彼女だ。
しかし、それではあの表情は一体なんだったのだろうか。なにか腑に落ちない。きっとラナさんも同じことを考えているのだろう。
「パララさん、本当になにもないといいんですけど――」
酒場の扉を見つめながらラナさんはそう呟いた。まるで先日お店に来た時の様子を繰り返しているようだった。




