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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第1章 異世界営業
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第4話 花の闇(後)-10

「悪いことでも……、私は構いません」





 私は決心してそう答えた。




 ラナさんは目を瞑ると、ふぅっと息を吐き出してから「わかりました。罪の意識を刻みながら……、今は黙っています」と言った。その表情は笑顔だった。




「変なこと言って悪いねぇ……。ふたりとも、ありがとう」




「カレンがお礼を言うのはなんか変な感じね、ボクがお礼を言うところなのかな?」




「私がお願いしたからいいんだよ」




 ラナさんとカレンさんの会話は友達同志のそれだった。カレンさんも実はラナさんが捕まることをおそれたのが本音なのかもしれない。






「――よしっ! それじゃあ私は帰るよ」




 カレンさんが急に立ち上がった。今は何時くらいだろうか。日付が変わっているのは間違いないだろう。




「カレン……、ごめんね。ありがとう」




 ラナさんは深々と頭を下げていた。カレンさんはそれを一瞥して背を向けて歩き出す。




「そういうのはいいよ。私とラナの仲だろ?」





 店の扉まで来たところで私はカレンさんに声をかけられて、一緒に外へ出た。外の空気は酒場の中よりずっと冷たく冷え込んでいた。




「サージェ、付き合わせて悪かったねぇ。あんたはもう帰りな」




 カレンさんは虚空に向かってそう言った。サージェ氏はずっとこのあたりにいたのだろうか?





「さて……スガ、今回は世話になったね?」




「いいえ、まさかとは思いましたが……、今はこれでよかったと思っています」




「報酬は私の自腹で払うよ。これは約束だからね」




「はい。私も仕事として引き受けましたのでしっかり頂戴します」




「スガのそういうところいいね。変な遠慮がなくて逆に助かるよ。それと――」




「それと……?」





 彼女は一呼吸おいてから続けた。




「新しい仕事を……、頼まれてくれないかい?」




「新しい……、なんでしょう?」




「ラナの両親を殺したやつを探すの手伝ってほしい。今なにができるってわけじゃないんだけどねぇ……」




 彼女にこう言われたが、私は言われる前から決めていた。




「わかりました。引き受けます」




「はは、即答か……。報酬はなにが準備できるかわからない……。けど――」





 これに関しては報酬など期待していなかった。カレンさんから話が無くても自主的に動こうと思っていたくらいだ。それでも、「けど」の続きは気になった。




「ラナの笑顔がきっと返ってくる。これが報酬になるかな?」




「ラナさんの笑顔……、ですか?」




 私の思い浮かべるラナさんはいつも笑顔だった。特に口をUの字に曲げた可愛らしい笑顔が印象的だ。





「両親が亡くなって以来……、ラナはずっと笑ってる」




 私は返事に窮した。わずかな沈黙の後、カレンさんが続けた。




「元々よく笑う子ではあったよ……。けど、あの事件の後は不自然なくらいに笑顔でいるんだ。だけどさ、あの笑顔は仮面に見えるんだよ。ずっとあの笑顔……、だけど心の底から笑っているラナの顔じゃない」




 カレンさんは遠くを見るように私から視線を逸らして話を続けた。




「私はラナの本当の笑顔を取り戻したい。あの子とは幼い頃からの付き合いでね……。面と向かっては言えないけど、大好きなんだ。だからラナを救ってやりたい」




 カレンさんはずっとこちらを見ずに話している。きっと表情を見られたくないのだと察した。




「はい。カレンさんほどの付き合いはありませんが……、私はラナさんに返しきれないほど恩があります。力になれるならどんなことでもしたいと思っています。それに、報酬がラナさんの笑顔でしたらこれに勝るものはありません」




 勢いでこんなことを言ったが、きっと後から思い出すと恥ずかしさで死にそうになるだろう。




「なかなか言うねぇ……。期待しているよ、スガ!」




 そう言ってカレンさんは夜道を進んでいく。その背中が闇に溶けるまで私は見送った。





 店内に戻ると、ラナさんは私に向かっても深々と頭を下げた。




「ご迷惑をかけて本当にごめんなさい……。きっとボクのことを軽蔑したでしょう」




 今になって思えば、初めて出会った時も今の切り裂き魔の姿をしていたのだ。あの時は自分がそれどころではなかったし、あの格好が不自然と思えるほどの情報も無かった。




「頭を上げて下さい。正直、驚きはしました……。そしてラナさんがやったことが許されるとも思いません。ですが――」




「ですが……?」




「上手く言えませんが……、ラナさんが他の人と同じように悩んだり間違ったことをするのに私はほんの少し安心しました」




「えっ?」




 ラナさんはきょとんとした顔をした。




「なんというか……、ラナさんは私にとって天使みたいな人です。いきなり夜道で助けを求めた私を救ってくれました。仕事も与えてくれて、看板まで出させてくれました。そんなラナさんも完璧じゃないんだとわかってホッとしたんです」




 これは深夜テンションなのか、あとから思い出すと後悔しそうなことばかり口走っている。今日はきっとそういう日なのだろう。




「ふふっ……、天使なんてオーバーですよ。最初にお会いした時は、万が一危ない人なら黒焦げにしちゃうくらいの気持ちでいましたから」




 ラナさんはクスクス笑いながらとんでもないことを言っていた。この人が規格外の魔法使いと知った今は冗談に聞こえない。知らないところで命拾いしていたようだ。




「ラナさん、今日はもう休みましょう。このままでは明日のお店に支障がでそうですから」




「そうですね……。スガさん、ありがとうございました。ボクが明日をいつもと同じように迎えられるのはスガさんとカレンのおかげです」




 ラナさんはそう言って改めて深く頭を下げた後、自室へと向かっていった。私はその背中を見つめながら、今日吐いた幾多の恥ずかしい台詞を思い出し背中が痒くなるのを感じていた。




「忘れて寝よう……」




 そう独り言ちて離れに戻った。すると身体にどっと疲れが出た。そういえば、今日は朝から睡眠をあまりとれていなかったのを今更ながら思い出した。




 今日はきっと深い眠りにつけそうだ。

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