第4話 花の闇(後)-9
私は話の流れで、自分があの場に居合わせた理由を説明した。
カレンさんもラナさんも揃って、「勘がいい」、「すごい」、と関心している。ただ今の私はそんなことを聞きたいわけではない。とても深刻な状況だと思うのだが、なぜかラナさんとカレンさんの話し方には緊張感がなかった。
「――教えて下さい。殺人は別としても、なぜラナさんがこんなことをするんですか!?」
私はたまらず大きな声で聞いてしまった。
場に再び沈黙が流れる。
ラナさんは下を向いていた。表情はわからない。
「理由が……、その最初の殺人なんだよ」
カレンさんが口を開いた。
「どういうことですか?」
「最初にあった殺人の被害者には、特徴的な十字の傷跡があった……。そして、以後のラナが行った切り裂き事件も同様の傷がある……、そしてもうひとつ――」
「もうひとつ?」
「3年前に殺されたラナの両親にも……、同じ傷跡があったんだ」
「えっ……」
ラナさんの両親が亡くなっているのは聞いていた。この酒場もご両親が営んでいたのを継いだのだと――。しかし、それが殺人とは聞いていなかった。
「最初の殺人で十字傷があったのをラナはどっかで聞いてしまったんだろうねぇ。大方、酒場で衛兵が話しているのが聞こえたとかかな?」
ラナさんは下を向いたまま小さく頷く。
「ラナの両親を殺した奴はまだ捕まっていない。そして今回同じ十字傷を負った殺人があった。犯人が同じやつである可能性は高い……。けど、またも犯人は捕まっていない。だから、手口を模倣した切り裂き魔を演じて誘いだそうとしてたんだろう、犯人を?」
「カレンは……、本当になんでもお見通しなのね?」
顔を上げたラナさんは薄い笑みを浮かべながらそう言った。私はようやく情報の整理ができていた。ラナさんの両親は何者かによって殺害された。彼女はその犯人を捕まえたいのだ。一連の切り裂き魔事件は、いわば犯人を誘い出すための「撒き餌」だ。
「――とまぁ、ここまでわかっていても直接話したところではぐらかされるからね。現行犯が一番いいんだけど、これ以上無茶はしてほしくない。それでラナが怪しい格好で外に出るのを待っていたというわけだ。あの厚底ブーツは傑作だったけどねぇ」
カレンさんはこの重たい話の中で、くっくっと口を塞ぎながら笑っている。いや、わざとやっているのだろう。
「もぅ……、あんまりからかわないで」
ラナさんはむくれた顔をしてそう言った。私は話を本題に戻す。
「それで……、この後どうするんですか? ラナさんは衛兵のところへ行くんですか?」
ラナさんの顔を見ながら聞いてみた。また薄い笑みを浮かべた表情に戻っている。
「人を傷つけないように注意はしましたが……、それでも許されることではないですから。誰かに見つかったらそれまでと思ってましたし――」
やはり、お縄につくことになるのか?
「そこなんだけどねぇ……。今後はなにもしないと約束の元、黙っておいてもらえないかい?」
カレンさんが妙な提案をする。
「カレン……、ボクは相応の罰を受ける覚悟はできていますよ?」
「わかってるよ。ただ今名乗り出ても、最初の殺人とまとめて犯人扱いされるのがオチだよ?」
「それは……、きっちり誤解が解けるよう話するしかないでしょ?」
「どうだろうか、ここは私に任せてもらえないかい?」
「カレンに……、任せる?」
「ラナにはいつか相応の償いをしてもらう時がくる……。けど、今は避けたいんだ。絶対に悪いようにはしない。この件の真相に別のやつが辿り着く前に私が始末したいんだよ」
「よくわからないけど……、ボクはどうしたらいいの?」
「黙っていてくれればいいよ。元々衛兵団の連中はラナを疑ってはいない。スガへの疑いも解けるように動くよ」
「悪いことをして……、それはちょっと――」
「これは私からのお願いだ。うちのギルドがこの件に関わっている今、ラナの名前を出したくないんだ」
「私の名前……。ひょっとしてシャネイラと関係あるの?」
「うーん……、うまく説明はできないんだけどねぇ……。ラナとうちのギルド連中を関わらせたくないんだよ?」
カレンさんの目は真剣だ。今回の事件を彼女が引き受けてた理由、実はここにあるのではないだろうか。
ラナさんの犯行を止めるため、というのは当然あるだろう。
それとは別に、彼女の所属するギルドとラナさんがかかわりをもつのを何故か嫌っている。そしてふいに出てきた「シャネイラ」という名前……。サージェ氏から聞いたギルドマスターの名前だった。
「スガも……今回の件、黙っていてくれないかい?」
カレンさんは私にも口止めをしてきた。普通に考えれば、ラナさんを衛兵団に引き渡すのが正義のような気がする。ラナさんが逃げようとしているわけでもない。私はいろいろと考え――、そして、結論を出した。
「カレンさんの事情はよくわかりませんが、ラナさんには捕ってほしくはありません。それにラナさんが殺人犯扱いされる可能性を考えると、まずはラナさんの両親を殺害したやつを捕まえる方が先のはずです」
「スガさん……、たしかにそうかもしれませんが――」
「ラナ! お願いだ。殺人犯探しは私も協力する。今回の件を明らかにするのはそっちが終わってからにしてくれ?」
ラナさんは唇の色が白くなるほど、人差し指をしばらく押し当てて考え込んでいる。そして、カレンさんの顔を見てこう言った。
「……わかったわ。けど、この3年まったく手がかりがない。簡単なことじゃないのよ?」
ラナさんの目が急に見たこともないような力強いものに変わった。深海の底を覗き込んでいるような深い黒だった。そして……、急に表情を崩してこう言った。
「それに……これ、みんなで一緒に悪いことしようとしてるのよ?」
「剣士ギルドなんていう荒事まみれのとこに私はいるんだよ? やっすい正義感はとうの昔に無くしてるよ?」
カレンさんは特に悪びれる様子もなくそう答えていた。剣を握る職業、というのはそういうものなのだろう。
私は考えていた。こちらにやってくるまで、いわゆる法に触れることは一度もなかった。今やろうとしているのは元いた世界なら、犯人隠避とかの罪に問われるのだろう。
しかし、私のもつこの正義感や倫理観は、こことは違う場所で得たものだ。なにが正しいかはわからないが、今はこの先自分が後悔しない選択をしたかった。




