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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第1章 異世界営業
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第4話 花の闇(後)-8

 私は目を見開いて彼女の顔を見つめた。その表情は少し悲しげに見えた……が、口元はわずかに緩んでいるように見える。ある種の達観に似た心境なのだろうか。彼女のことはたしかにまだそれほど知らない。それでもこの事実はあまりに衝撃的だった。





「あー、スガは勘違いしてるかも……、なんでちょっと補足しようか?」




「かっ…勘違い?」




「ラナがやったのはおそらく最初の殺人以降の話――、つまり服やら道具を切りつけた事件だね。それはそれで許されることじゃないけどねぇ……」




「やっぱり……、カレンは全部お見通しのようですね」




「ええ……と、申し訳ありません。私は全然話についていけてません」




 ひとりだけ置いてけぼりにされている。残念ながら今の私には1から10まで全部説明してもらわないと理解できない。




「まぁ、そうだろうねぇ……。スガがなぜあそこにいたのかは後で聞くとして――、私がなんでラナが犯人てわかったかを教えてあげるよ?」




「はい。そこのところを是非詳しくお願いします」




「うちのギルドに切り裂き魔事件の情報が入ってきた。実際に傷をつけられた衣服とかの押収品とかも見せてもらったよ。それで気付いた……。どの傷も刃物の傷じゃないってね?」




「刃物の傷じゃない?」




「実際やられた人は刃物と思ってる。被害者の証言だとすれ違いざまに傷つけられたようだから普通はそう思うよね? そして衛兵団もその証言を鵜呑みにしてる……。けどね、これは魔法の傷だ」




「――魔法ですか?」




 そういえば、いつかの酒場でカレンさんと切り裂き魔事件の話をしたとき、魔法がどうとか言っていたのを思い出した。




「風の魔法を使える人間はねぇ……、こういう鋭い傷をつけたりすることもできるんだ」




 刃物ではなく、魔法の傷……。それがどうラナさんと繋がるのだろうか?




「ただ魔法てのは普通ね、詠唱があったり、術式が必要だったりしてね。すれ違いざまに声も聞かれず術式も見られず即発動ってのはできないんだよ?」




「えっ…と、できないんですか?」




 話がわからなくなってきた。つまりどういうことだ?




「ただし例外はある……、というか()()んだ。魔法発動の準備をほとんどすっ飛ばしてしまう魔法使いがね……。大魔導士の『ラナンキュラス・ローゼンバーグ』ならたやすいよねぇ?」





 私はしばらく思考が追いついてこなかった。「ローゼンバーグ」という名前には聞き覚えがある。パララさんが憧れるすごい魔法使いの名前だ。たしかにパララさんが、ローゼンバーグ卿という人は精霊とのコンタクトがどうやらこうやらで、魔法の過程を少なくできる話をしていた気がする。




 ――で……、そのローゼンバーグ卿という人のフルネームが「ラナンキュラス・ローゼンバーグ」、私が接してきたラナさんだっということか?





 パララさんがローゼンバーグ卿という人についてあんなに熱く語っているときにその場にいたのに……。私が呆然としているのをカレンさんは眺めていた。




「ラナ……、やっぱりスガに魔法使いってことは話していなかったんだね?」




 ラナさんは唇を尖らせて反論した。




「魔法関係の仕事はしていませんから、話す必要もないでしょう? 別に隠していたわけじゃありませんから」




「――とまぁあれだ……。ラナはとんでもない魔法使い様なんだ。例の傷が魔法によるものとわかれば、それができる人間も限られる。もっともこれに気付いている人はいないと思うけどねぇ?」




 カレンさんの話だと例の押収品を熱心に調べる人は「ブレイヴ・ピラー」にはいなかったようだ。衛兵の人が刃物の傷、といえばあえてそれを疑う人はたしかにいないだろう。




「ひょっとしてラナが――、て思うと他のいろんな情報がそれを裏付けてくれる。一番気になったのは、一時は頻発していた事件がここ最近急に大人しくなっていたこと」




「それはどういう……?」




「スガ……、あんたがこの件で衛兵団に目を付けられたからだよ?」




「わ、私が理由ですか?」




「そう、ラナも気付いたんだろうねぇ……。スガが衛兵に監視されているって。ただ、スガが監視されることによってラナも下手な動きがとれなくなった、ってとこだろう?」




 ラナさんはこの問いかけに即座に答えた。




「そういうことです。衛兵さんもお客様でよくいらっしゃいますからね……。スガさんのことをよく見ていたり、酒場の外でも見かけるようになると察するものがありますから」




「なるほど……、つまり今回私があえて夜中に外に出る、といった目立つ行動をとることで監視している衛兵の目をそちらに向けさせたら――」




「そう……、ここ数日大人しくしていた切り裂き魔がラナなら……、必ず動き出すとふんでいたのさ」





 そうだ。私はこの一点だけだった。




 外でサージェ氏と話をした時、彼は衛兵が私を見張っていると言っていた。カレンさんは切り裂き魔事件の協力、と言っていたのに、同じ件で私を監視している衛兵に夜の外出について触れていないのが妙だと感じた。




 そして、私の護衛という名目でつけてくれたサージェ氏、彼に任せるということはカレンさん自身は、私が外にいる時間に別のところにいるということだ。




 ここからカレンさんの目的は、「衛兵の目を外に向けること」にあるのではないかと思った。そう考えると、その目的は夜に衛兵の目を酒場から遠ざける、つまりラナさんから遠ざけることではないか、と結論に至った。




 それを確かめるために、私はサージェ氏の目を撒いて酒場の近くに戻っていたのだ。このあたりにカレンさんがいるのでは――、と思ったからだ。


 だが、そこで目にしたのは裏口から外に出るラナさんの姿だった。嫌な予感がして私はその後を追った。




 これが今日の私の一連の動きだった。

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