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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第1章 異世界営業
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第4話 花の闇(後)-3

 私はこの数日、いつもより早い時間に酒場を出ていた。普段は閉店時間のギリギリまで酒を飲んで帰っている。今はその量も減らしている。私にとっては「飲んでいない」、に等しい程度を飲んで家に帰った。


 酒場から私の家はそれほど遠くない。路面電車で2つほどいった駅の先にあった。時間をかければ歩いていけなくもない距離だ。




 家に帰った後、全身黒の装束に着替えて、大きめのコップで水を2杯ほど一気飲み干した。腰に2本の愛剣をかける。街中での帯刀は禁止されているが、衛兵団や一部のギルドの人間には特別な許可がおりている。私も帯刀を許されている人間のひとりだ。




「こいつを使うことはないと思いたいけどねぇ……」




 独り言ちて剣の柄をさすりながら、再び夜の街へと出かけた。路面電車の本数が残りわずかとなる時間だ。




 外は星が輝き、大通りの路面をかすかに照らしている。街の中心を走る大きい道を避け、細い路地を素早く走った。


 走りながらこの数日、夜の張り込みになんの成果もなかったことを無意識に振り返っていた。なにもなければそれはそれでよかった。





 今日明日で一旦区切りをつける。




 スガにもそう伝えた。私は、協力を依頼したスガと酒場で話した時のことを思い出していた。彼にはあまりに不自然な仕事を依頼している。疑問をもつのも当然だろう。




 彼はどこまで気付いているのか。事の確信に迫るにはさすがに情報が少ないだろうな。もっとも私とて「ブレイヴ・ピラー」が切り裂き魔事件に首を突っ込むようなことがなければ今に至っていなかっただろう。





 私の住んでいる近辺で起こっているこの事件を気にかけていない訳ではなかった。ただ、剣士ギルドの人間があえて関わるような案件ではない。衛兵団がその内犯人をあげるだろう、くらいに思っていた。




 グロイツェルがこの件に関して衛兵団への協力を申し出て、まさか王国から許可が降りるとは思っていなかった。だが、それをきっかけとして、今まであまり公にされていなかったこの事件の情報がいくつも入ってきた。




 王国は「ブレイヴ・ピラー」の協力を認めるとともに一般への協力も広く求めるつもりだったのだろう。同様に紙面関係にも多くの情報が載るようになった。




 王国お抱えの衛兵団のお手伝いなんて仕事は性に合わない。この件は、グロイツェルにすべて任せる気でいた。あいつもきっとそのつもりでいたはずだ。だが、新たに得られた情報は、私にある確信をもたらした。




 これが「私だけ」の内にどうにかしなければならない。




 路地裏を駆け抜けていつもの張り込みの場所に着いた。街の通りからは死角になるところで、夜になれば一層見つかりにくいところだ。明日まではここで見張りをすると決めている。少し荒くなっている息を整えながら小さく呟いた。




「全部、私の思い違いだったらいいんだけどねぇ……」




 いつもはこれからなにもない空虚な時間が流れる。何事もなくゆっくりと静寂の時が過ぎるのを待つだけだ。


 しかし、今日は違っていた。私の目が黒いローブをまとった人影を捉えた。




「やれやれ……、この日を待っていたわけなんだけど――」




 私は足音を殺してそのローブを追いかけた。小さい脇道に入ったところを見届けると、大急ぎでその出口に先回りして待ち伏せをする。周りを警戒しているようだが、どうやら私には気付いていないらしい。脇道の出口のあたりに身を潜めた。




 地面に反響した足跡が少しずつ大きくなり、こちらに向かって近づいてきている。十分と思える距離にきたと踏んで、私は飛び出してローブの前に立ちはだかった。目の前には明らかに動揺した人の姿があった。





 しかし次の瞬間、驚いたのは私自身になっていた。そのローブの後ろを追ってきた別の人影が見えたからだ。




 それは間違いなくスガだった。




 私としたことが、まさかスガがローブの後ろをつけてきているのを見逃すなんて……。自分が思っているほど、私は冷静じゃなかったようだ。




 サージェはどうしたのか……。まさか素人のスガ相手に撒かれたのか。あれもまだまだ経験不足かな、と心の中で呟いた。ローブに話しかけるか、スガに声をかけるか、迷っているところで先にスガが声を発した。




「まさか……、こんな事態に出くわすとは思ってませんでした……」




 この状況、目の前にいるローブの人間がほぼ間違いなく切り裂き魔事件の犯人とスガはわかって来ているのか。


 彼がどれほどの情報を持っているかは知らないが、今ここにいることすべて偶然とは到底思えない。私が思っている以上に勘が働く男だったようだ。

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